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<村上春樹ランを語る ライナーノーツ> 「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byNanae Suzuki
posted2011/05/31 06:00
「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」の最後に。
今回の震災を受けて、春樹さんが発する言葉を待っている読者は多いと思う。僕もそのひとりだ。春樹さんの言葉が聞けるのはいつになるのか? それは『アンダーグラウンド』のようなノンフィクションの形をとるのか? それとも『神の子どもたちはみな踊る』のような小説となるのか? まだ分からない。でも、僕たちが自分自身の頭で考え、自己を構築するためのよすがを、これまで春樹さんは著書の中でたくさん示してくれている。それらを再び読み返しながら、この厳しい時代と向き合って行きたいと思う。
最後に『走ることについて語るときに僕の語ること』から一文を引いて、限りなく蛇足に近くなってしまったこのインタビュー後記を終えたいと思う。
「同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って生き生きと生きる十年の方が、当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの(そして僕にとってはまた書くことの)メタファーでもあるのだ。このような意見には、おそらく多くのランナーが賛同してくれるはずだ」
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■ 「村上春樹のランを読む」ためのブックガイド ■
Number Doのインタビューを読んで、「今まで村上春樹ってあんまり読んでなかったけど興味が出てきた」というランナーのために、簡単な読書案内を。
【1】 『走ることについて語るときに僕の語ること』 (文藝春秋、2007年)
まず何はともあれ『走ることについて語るときに僕の語ること』は必ず読んで下さい。ピアノ教室におけるバイエル、ヒンドゥー教におけるヴェーダのようなものです(比喩が間違ってる?)。Number Doのインタビューで春樹さんが答えてくれているように、ランニングを通したメモワール(自伝)であり、今までのエッセイとは違って、真っ正面から自己について語っています。読むと間違いなく走りたくなります。クリエイターにもこの本をきっかけに走り始めたという人がたくさんいます。ちなみにタイトルは春樹さんが翻訳したレイモンド・カーヴァーの『愛について語るときに我々の語ること』から来ています。
【2】 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』 (文藝春秋、2010年)
去年刊行された春樹さん初のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』もすごく読み応えがあります。海外紙誌のインタビューも載っています。ドイツのDER SPIEGELによる「走っているときに僕のいる場所は、穏やかな場所です」はランニングがメインに語られているので、ここから読むのも一興だと思います。Number Doのインタビューでもちらっと触れられた古川日出男さんによるインタビューも収録されています。しかし、最近の春樹さんの本はタイトルが長いものが多いですね。よく言い間違えます(苦笑)。
【3】 雑誌『考える人』 (新潮社、2010夏号)
雑誌『考える人』のインタビューはすごいです。ともかく長い! 雑誌で90ページ、400字詰め原稿用紙300枚分のインタビューって……。ランニングでいえばウルトラマラソン級ですね。3日がかり11時間インタビューしたそうなので、3日かけて読むとちょうどいいです。『1Q84』の話がメインですが、ランの話もあります。しかし、3日間語り続けた春樹さんもすごいけど、聞き続けて原稿をまとめたインタビュアーの松家仁之さんもすごい。僕もそのうちこういうウルトラ・インタビューをやってみたいものです。
【4】 『シドニー!』 (文藝春秋、2001年)
『シドニー!』は僕自身、編集者として取材に同行したので思い入れがあります。形の上ではシドニー五輪の観戦記なんですが、いま読んでも、というか、たぶん普遍的におもしろいと思います。旅行記としてもおもしろいし、五輪って、スポーツって何なんだ? ということを考えるよすがにもなります。アトランタでの有森裕子さんの内面を描いたパートはすごく上質なスポーツノンフィクションでもあります。ところどころ僕も出てきますが、コアラの欲情について話したり、ダフ屋からチケットを買っていたり、しょうもないことしかしていません(笑)。いろいろ失敗もしたなあ。思い出すと冷や汗が出ます。