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<村上春樹ランを語る ライナーノーツ> 「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」 

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柳橋閑

柳橋閑Kan Yanagibashi

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photograph byNanae Suzuki

posted2011/05/31 06:00

<村上春樹ランを語る ライナーノーツ> 「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

『やがて哀しき外国語』『遠い太鼓』etc...

【9】 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』 (朝日新聞社、1997年)

朝日堂はどれもおもしろいですが、『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』は全裸家事主婦クラブ通信、空中浮遊クラブ通信、ラブホテルの名前大賞など名作ぞろいです。ラン関係ではサロマ湖100キロの話など、「梅竹下ランナーズ・クラブ通信」が3本入ってます。おまけエッセイ「ウォークマンを悪く言うわけじゃないですが」の中で、「ジムで人々の費やすそのようなエネルギーを、たとえば発電にまわせたら……」と書いているくだりは、いま読むとすごくアクチュアルです。「献血手帳みたいに『発電手帳』をもらって、100ワット発電するごとにスタンプを押してもらい、1万ワットたまったら『電力バンク』から記念品をもらえたら……」というのはいいアイデアですよね。「せめて社会のために、わずかなりとはいえ電気くらいは起こしたい」。ここのところ僕も走ったり自転車に乗るたびにそう思います。

【10】 『村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた』 (新潮社、1996年)

懐かしの'90年代をさらに遡ります。『村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた』。マサチューセッツ州に滞在していた'94~'95年に『SINRA』に連載したエッセイをまとめたものです。陽子夫人による写真と安西水丸さんの絵をふんだんに使った絵日記風の作りで、ビジュアル的にも楽しいです。ボストン・マラソン出場3、4回目の話が出てきます。題して「不健全な魂のためのスポーツとしてのフル・マラソン」。タフツ大学でスカッシュを始めた話もあります。「わざわざこんな忙しい年末に、車を盗まなくたっていいだろうに」は、個人的にフェイバリット・エピソード。笑っちゃいけないんだけど、読んでいるとつい吹き出してしまう。

【11】 『やがて哀しき外国語』 (講談社、1994年)

次は朝日堂系ではなく、どちらかというと旅行記系のエッセイ集『やがて哀しき外国語』。'91年からのプリンストン大学滞在中に『本』に連載されたものです。一本一本がやや長めで、アメリカ社会をためつすがめつ眺めていて、読み応えがあります。手元の初版を引っ張り出すと、付箋だらけで、当時かなり熱心に読んだことを思い出しました。冒頭のエッセイが2回目のボストンマラソン出場のエピソードから始まるほか、「アメリカで走ること、日本で走ること」では彼我のレース文化の違いが実感的に語られていて、いろいろ考えさせられます。

【12】 『遠い太鼓』 (講談社、1990年)

続いては旅行記の傑作、『遠い太鼓』。小説以外の作品ではこの本をフェイバリットにあげる方もけっこういますね。37~40歳にかけて春樹さんがヨーロッパを長く旅したときの道程が描かれています。「南ヨーロッパ、ジョギング事情」は、先に紹介した「アメリカで走ること、日本で走ること」と合わせて読むと、なかなか興味深いです。犬に追いかけられたり、たちの悪いローマのガキどもにからかわれたり、'80年代のヨーロッパで走るのはすごく大変だったんだなあということが分かります(笑)。この旅の間に『ノルウェイの森』や『ダンス・ダンス・ダンス』が書かれたので、一連のセットで読み返すのもいいですね。

【13】 『村上朝日堂の逆襲』 (朝日新聞社、1986年)

リーディングガイド、最後の一冊は『村上朝日堂の逆襲』です。スター・ウォーズも「帝国の逆襲」が一番おもしろいという人がいるように、朝日堂もこれをベストに推す人がいますね。「山口下田丸」シリーズをはじめ、心に残るエッセイがたくさんあります。番外編の対談で、安西水丸さんが春樹さんの似顔絵の描き方を解説しているのも必見。これを見れば誰でもあの顔が描けるようになります(笑)。ラン関係では、フルマラソン出場3回目のことを描いた「長距離ランナーの麦酒」。マラソン後に飲むビールの悦楽を書かせたら、春樹さんの右に出るものはいないでしょう。

 

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