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<私とラン> 茂木健一郎 「人間には走りだすと『うれしい』と感じる本能がある」 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byAsami Enomoto

posted2011/05/19 06:00

<私とラン> 茂木健一郎 「人間には走りだすと『うれしい』と感じる本能がある」<Number Web> photograph by Asami Enomoto
2年以上かけて地球を一周した寛平ちゃんのように、
長い距離を走ることに生きがいを感じる人もいる。
茂木先生のように、走りたくなったら5分でも
いいから走るという人もいる。走り方はその人次第。
今回は、Number Do第2弾「100人が語るRUN!」より、
茂木健一郎先生のランスタイルを特別公開します。

 小学校のころから突発的に走りたくなると、どんどん走ってました。スポーツは出来なかったけど、持久走だけは勝負できる自信があったんです。僕は負けず嫌いだから、どこかで勝てるところを探しちゃうんです(笑)。

 基本的に人間には、走りだすと「うれしい」と感じてしまう本能がある。「喜びの回路」と呼んだらいいかな。僕の場合、大人になってからもその延長線上でフルマラソンに挑戦しましたが、30km過ぎって本当に苦しかった。筋肉が痛くなって、走れなくなる。それが悔しかったから、いつかまたマラソンに挑戦したい気持ちがずっとくすぶってます。

10年以上使ってると思うナイキ。軽さとクッション性を重視。

 喜びだけじゃなく「ストレス・マネジメント」にも、走ることは効果的なんです。僕は受験勉強や、実験でイライラが募ってきた時なんかも発作的に走りたくなったら、走ってた。そうすることで効率的にストレスが解消できるんです。人間、トップスピードで生きるにはストレスの発散が必要でしょ。走るってコストパフォーマンスがいいのも魅力ですよ。だって、僕のこのシューズ、10年くらい使ってる。えっ、そんなに持たないか。

数字を目標にせず、5分でもいいから走って自分の体と対話する。

 でも、中には走ろうとしても「三日坊主」で終わってしまう人もいますよね。それって「ホメオスタシス」、人間の帰巣本能が働いてるってことです。走っていない状態が「ホーム」だから、そこに帰ろうとしてしまう。走りたくないな、と思ってもフレキシブルに対応しながら走り続けていけば、今度は日常的に走ることがホームになる。そうすれば継続的に走れるようになるんじゃないかな。

 僕がフレキシブル、って言葉を使ったのは、いまの東京のランナーはシリアス過ぎると思うから。ランがブームだっていうけど、本当にそうなのかな? もっとブームになってもおかしくないと思う。自宅の近くの公園を見ても、走っているのはいつも決まった人。これからは走ることにいい加減な層が増えていいと思う。数字を目標にせず、発作的に体を動かしたくなったら5分でもいいから走って、自分の体と対話する。

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