'21年春季キャンプでの「黄金期」宣言から約2年半、虎のリードオフマンが描いた夢は現実のものとなった。果たして彼自身は、いかに優勝へ突き進んできたのか。ケガも不調も乗り越えた、打撃の求道者の今季を追う。
見慣れたはずの甲子園の夜空を、近本光司はこんな気持ちで見上げたことがなかった。
「あ~良かった。やっと終わった。もう(内野の)カバーなんていらんやろ。さあ、マウンドに行こう」
9月14日。4-3の9回2死三塁で巨人最後の打者、北村拓己が二塁後方に力のない飛球を打ち上げた。中野拓夢が下がりながら、右手を挙げて捕球態勢に入る。落下する白球を眺めながら、近本は感慨に浸るよりも安堵に包まれていた。優勝のウイニングボールが中野のグラブに収まると、マウンドへ吸い寄せられるように駆け出した。午後8時49分。左手を差し出し、労うように中野の右手を叩いた。涙はない。笑顔のまま、胴上げの輪に消えていった。
プロ5年目の開幕前に掲げた個人目標は200安打でも盗塁王でもなく、意外にも「ケガをしないこと」だった。蓄積された疲労で成績が落ちる、あるいは負傷に見舞われることがあるのが5年目ごろ――。西勇輝から聞いたそんな話が念頭にあった。「どこかでケガしそうな自分がいる。そこを何とか取り除けるようにしたい」と語っていたが、危惧は現実のものとなった。
死球での骨折。臓器に影響が及ぶほどの重症だった。
悪夢の訪れは、7月2日の巨人戦だった。同点の7回1死一、三塁。代わりばなに投じた高梨雄平の初球が右脇腹付近を直撃した。苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちたが、どうにか立ち上がって一塁へ歩いた。直後の守備では好守も演じ、延長12回までもつれ込んだ試合でフル出場した。
だが、体は既に異変を来していた。
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photograph by Tadashi Hosoda