準々決勝が一番面白い――高校野球では時にこう言われる。その言葉を証明するかのように、4試合が全て1点差となった夏があった。試合を終えたある者は燃え尽き、またある者は新たな決意を胸に抱く。激闘の当事者となった選手、監督の証言でこの1日とその後を追った。
無人のグラウンドには、幻想的なヒグラシの鳴き声が降り注いでいた。
「10年前ですよね。10年前か……」
赤を基調としたユニフォームに身を包んだ千葉翔太は試合後、ローカル球場のスタンドに腰をかけ、あの夏を振り返った。千葉は156cmと一際、小柄な選手だ。
「あの試合は、たまたまフォアボールが4つ取れた。全打席ランナーがいなくて、出塁しないといけない打席が多かったんです」
カット打法――。
思えば、あの日から、それが千葉の枕詞になった。
ちょうど10年前、2013年8月19日。阪神甲子園球場では、全国高校野球選手権大会の準々決勝4試合が行われた。
計9時間22分――。私は、時を忘れた。
鳴門 4-5花巻東
明徳義塾 3-4日大山形
前橋育英 3-2常総学院(延長10回)
富山第一 4-5延岡学園(延長11回)
すべて1点差。しかもゲームは常に2点差以内で推移し、いずれの試合も1イニングたりとも緩むことがなかった。
午前8時に始まった第1試合、鳴門と花巻東のゲームの主人公は花巻東の「2番・センター」の千葉だった。
千葉の真骨頂は、2ストライクと追い込まれてからだった。82cmの短いバットのグリップを余して持ち、左打席の中で小さく屈んで構える。そして、右手と左手の間をこぶし1個半ぶんくらい開け、バントのような構えから極端に小さなテイクバックでボールに合わせに行く。そうして際どいボールは、ことごとく三塁側のファウルゾーンへ返した。つまり、カットだ。
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photograph by Hideki Sugiyama