好評発売中のNumber Do「ランの未来学。」より、記事を公開します。
オリンピックはひとつのムーブメント。祭りが終わってからも、その遺産――レガシー――は後世に残る。
1964年の東京オリンピックが遺したものには有形、無形のものがあり、たとえば駒沢オリンピック公園には本格的なランニングのコースが整備され、駒澤大学など有力大学が強化の現場として実際に使用している。
また、ライフスタイルに影響を与えることもあって、今や誰でも知っている「皇居ラン」が始まったのは、東京オリンピックがきっかけだったのはご存知だろうか?
当時の週刊誌によると、オリンピックに触発された銀座の高級クラブのホステスたちが、深夜に皇居一周のマラソン大会を開催したのである(アベベに「萌え~」だったのか? それとも、円谷?)。その時の優勝記録が23分30秒というから、これはかなりの健脚だ。
そして、この週刊誌を読んだ国会図書館の職員が「これなら、俺にも出来そうだ」と思って走り出し、図書館内でちょっとしたブームになった――というのが、どうやら皇居ランが一般化した始まりらしいのだ。50年以上が経過したいま、皇居でランナーを見かけない日は一日たりともないのだから、これこそ「レガシー」と呼ぶにふさわしいと思う。
オリンピックの開催とともに、ランが変わるのは、1964年の東京だけの話ではない。
北京のランナーの聖地はオリンピック公園内の森林公園。
今夏、世界陸上が開催された北京。私が'08年にオリンピックを取材したときは暑いし、道路はバンピーだし、大気汚染の話も出ていたから、街中を走っている人なんて誰もいなかった。ところが、その北京も、東京と同じようにオリンピックを契機に公園が整備され、ランカルチャーが勃興したというのだ。
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