恐怖となる「30kmの壁」。経験者はどんな体験をして、どう克服したのか?
好評発売中の雑誌Number Do『フルマラソン 100人のマイ・ルール~42.195kmを賢く走ろう~』より、特別公開します!
福士加代子ほど、マラソンの難しさを感じてきたランナーはいないかもしれない。
初の42.195kmとなった'08年大阪国際女子マラソンでは、スタート直後から飛び出して30km手前までは独走するも、そこから一気にペースダウンすると、最後はフラフラになり大失速。競技場では3度、4度と転倒しながらも、なんとかゴールに辿り着いた。
そしてロンドン五輪への切符がかかった昨年の大阪では、先頭争いをしながらも25km過ぎに失速。日本屈指のスピードランナーは周囲の期待を再び裏切ることになってしまう。
だが今年1月に3度目となる大阪の舞台に立つと、自己ベストとなる2時間24分21秒で2位に入った。レース後「ようやくマラソンがわかってきた」という福士に、“30kmの壁”とマラソンの困難について尋ねた。
初マラソンで味わった「身体め、動かないぞ」という感覚。
――初マラソンの時、30km地点で福士さんの身体に何が起こったんですか?
1982年3月25日、青森県生まれ。五所川原工高卒。3000m、5000m、ハーフの日本記録を保持し、五輪にも3度出場している“トラックの女王”。ただマラソンには4度挑むも、まだ優勝経験はない。ワコール所属。161cm、45kg。
「スタートするまで、本当にマラソンをなめてたんです。『マラソンがどんだけのもん?』って(笑)。走り出してからも、沿道で応援してくれる人の姿とか全部見ていられるくらい余裕があったのに、30kmで『ドン!』ってきて。最初は、マラソンなんてこんなもんかって思ってたんですけど、どんどん視界に白い靄がかかってくる。『これがマラソンかぁーーー』って、そう思いながら走っていたのを覚えてますね。『身体め、動かないぞ』って。
でも、よく考えたら練習でも40kmは未経験で、30kmもろくに走れてなかったし、レースでも給水をとれてなかった。まぁ、勢いだけでよく30kmまで行ったなって思います」
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