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“高橋由伸2世”ドラフト上位候補が「3回指名漏れ」の“ナゾ”…「慶應→ENEOS」名門で4番を任された男が「ドラフト年だけ別人」になったワケ
text by

高田悠太郎Yutaro Takada
photograph byShiro Miyake/JIJI PRESS
posted2026/10/30 11:01
谷田成吾は慶應義塾高→慶應義塾大→JX-ENEOSと、高校から社会人まで神奈川県の名門を渡り歩いた
谷田は、なぜプロに行けなかったのか。その大きな理由の一つに挙げざるを得ないのが、ドラフトを控えた大事なシーズンで必ず調子を落としたことだ。
大学4年春は打率.146。11試合で6安打、1本塁打と大スランプに陥った。秋は復調したが、谷田は「大学の時は、春でスカウトの評価を大きく落としたのが響いたかな……」と苦笑いする。
社会人1年目は4番、2年目は控え
社会人でもドラフト解禁となる2年目は打撃低調で、ついにはスタメンから外された。谷田にとって不運だったのは、社会人野球の主要大会である都市対抗、日本選手権がトーナメント制だったこと。一戦必勝の中、「本塁打を打てるが、三振も多い」タイプだった谷田の復調を待つよりも、ミート力が高くて小技が利いたり、走塁や守備で秀でていたりして、手堅くプレーできる選手の起用が優先されたのだ。
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プロ入りを懸けたシーズンだけ、谷田は「持っていない男」だった。「なんでですか?」。失礼とは思いつつ、率直にぶつけてみた。
「精神的にも、技術的にも弱かったです。打てなくなると、『やばい、やばい』と焦ってしまっていました。日ごろから意識していたわけではありませんが、心のどこかで『ドラフトやばいぞ』と、他の年より深みにはまっていたのかもしれません。また、練習に打ち込んで復調しようにも、フォームやスイングで“立ち返る場所”が作れていませんでした」
社会人でもドラフト指名漏れを味わった谷田は翌シーズン、四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスでプレーして、プロ入りを目指すこととなる。ただ、その前に当時異例の挑戦をしていたことは、あまり知られていない――。<後編を読む>

