プロ野球PRESSBACK NUMBER
東京大学から“日ハム7位”でプロへ「指名されなかったら、なんて言おうか…」ドラフト当日に宮台康平が考えていた“敗戦の弁”「指名漏れなら留年して就活」
posted2026/10/30 12:00
2017年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムに7位指名された宮台康平さん。東京大学史上6人目のプロ野球選手となった
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph by
Hideki Sugiyama
東京大学法学部からプロ野球選手へ。誰もが羨むような「文武両道」を体現してきた左腕の知られざる葛藤とは。ドラフトまでの苦悩、プロでの挫折、そして野球を諦めた日。現役引退後、法科大学院に進み司法試験に合格した宮台康平さんが、ロングインタビューに応じた。(全4回の1回目/文中敬称略)
◆◆◆
秋風が木の葉を揺さぶり、日足が短くなった2017年10月26日。
時刻は16時50分。グランドプリンスホテル新高輪で行われるプロ野球ドラフト会議の中継が始まった。
ADVERTISEMENT
宮台康平は、生まれて初めて自らの意思決定以外で進路が決まる不安を胸にテレビ画面を見つめていた。
ドラフト会議当日、用意していた“敗戦の弁”
東京大学構内に設置された記者会見場にはおよそ50人の報道陣が詰めかけている。だが、指名がない可能性もある。大学側は宮台と野球部員の控え室として安田講堂裏の小さめな教室を用意した。1位、2位、3位、4位、5位。高校生、大学生、社会人。アマチュア球界で名の知れた選手たちの名前が読み上げられるたびに、無機質な白壁がただ黙って吸収していく。宮台は思った。
「もし指名されなかったら、集まってくれたこいつらになんて言おうか」
時を刻むごとに重苦しい空気が充満していくなか、敗戦の弁だけは用意しておこうと考えた。
ドラフト会議が始まっておよそ2時間半。19時20分すぎ、ついにそのときが訪れた。
「第7巡選択希望選手 北海道日本ハム 宮台康平 投手 東京大学」
仲間たちから歓喜の声があがり、強張っていた宮台の顔に安堵の色が広がった。記者会見場へと足を踏み入れるや、無数のフラッシュが焚かれる。嬉しさと安堵感。直前まで用意していたはずの敗戦の弁は、どこかへ吹き飛んでいた。

