プロ野球PRESSBACK NUMBER
「自分自身でクビを宣告していた」ヤクルト移籍も“最後の一軍登板”で炎上「これで終わりか…」東大法学部卒・宮台康平が“プロ野球選手を諦めた日”
posted2026/10/30 12:02
2020年12月、宮台康平さんはトライアウトを経てヤクルトに入団。自身の成長に手応えを感じていたが、プロの現実は厳しかった
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph by
JIJI PRESS
◆◆◆
2020年12月7日、神宮球場で12球団合同トライアウトが行われた。投手33人、野手23人の合計56人で行われたトライアウトは、14年ぶりに現役復帰を目指す新庄剛志(現北海道日本ハムファイターズ監督)の参加により、例年にないほど話題を呼んだ。
宮台康平が楽しそうに述懐する。
ADVERTISEMENT
「新庄さんには挨拶した際に『頑張ろうね』と声をかけていただきました。お祭りっぽく大暴れしていて、僕も楽しかったですね。意外とトライアウトって悲壮な場所でもなくて。最後の引退式として家族にプレーを見せる機会でもあるし、わりとみんな割り切っていた。僕も切り替えて、ダメだったら日ハムの育成で勝負すればいいと思ってカラッと投げることができました」
ヤクルトで感じていた手応え
ピッチャーはシートバッティング方式で投げ、宮台は3人の打者を三振に切って取る。参加投手の中で一番のアピールだった。その甲斐あって、すぐさまヤクルトから支配下契約のオファーが届く。
「じつはソフトバンクから育成のオファーもありました。日ハムの育成、ヤクルトの支配下のなかから選ぶことができ、FAとはいかないまでも、貴重な体験ができたと思います」
トライアウトを受けた理由の根底には、己の意地を貫くという純然たるプライドがあった。好きな野球を満足いくまで続けたい、結果を残さずにはやめられないという素直な思いが、スマートにも思われがちな宮台を泥臭く突き動かした。
プロ5年間のうち、ヤクルトに移籍した2021年のシーズンが一番手応えを感じた年だった。
「コーチの松岡健一さんと小野寺力さんのお二人にはすごくお世話になりました。コーチングの内容は、シンプルにどうやったらいいボールを投げられるか。体の開きを抑えるための動きを取り入れたりとか、左股関節が疲れてきたときに膝が前に出てしまうのを抑えるための癖付けを考えたりとか、具体的な技術論です。引き出しがなかった僕にとって勉強になることばかりでした」

