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「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」 

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元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

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posted2026/09/09 11:06

「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」<Number Web> photograph by Tomohiro Motonaga

伝説の「延長18回」を指揮した星稜監督・山下智茂は80歳を過ぎた今も野球への情熱が衰えない

「やっぱり言葉っていうのは大事なんだなと思います。プラスの言葉をかけることでいい結果が生まれる。たったひと言で生徒は変わるんですよ。

 特に能登の子は素朴です。純粋だから、アドバイスを素直に聞く。だから、めちゃくちゃ伸びるんですよ」

 教壇から離れても、山下は根っからの教師だ。

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「教師というのは、金は貯まらんですよ。だけど、僕にとって財とは人なんです。生徒があって指導ができるんだから、生徒を大事にしないといけない。特に補欠の子を大事にしないとチームは強くならないと思います。若い監督さんは補欠をほったらかしにするから、問題が起こる。 

 野球をする以前に大事なのは、あいさつ、しつけ、教育ですね。食べること、グラウンド以外の生活態度、言葉遣い。そういうことを教えていくうちに野球で勝てるようになります」

今も毎日鍛えていますよ

 100年を超える歴史を持つ高校野球は時代とともに変化してきた。これからも変わっていくことだろう。

「高校野球のいいところは残しながら、変えるべきところを変える。歴史や伝統などは大事にしてほしい」

 山下の朝は早い。高校生を指導するために、健康に気を配っている。

「朝4時45分に起床してランニングをします。寮にいる生徒がその時間に素振りをしたり、シャドウピッチングをしたりしているのを見ます。

 監督だった僕が元気でいないと、OBたちは顔を見に来てくれませんから。健康管理に気をつけながら、いつでも相談に乗れるようにしないと。毎日、スポーツジムに行って、ウエイトトレーニングやって、プールで鍛えていますよ」

 80歳を過ぎても、若い時と考えることは同じだ。

「守備を鍛えるのはノックですからね。ノックも昔のようにはいきません(笑)。ミスした時には『ごめん、ごめん』と謝ります。いいノックを打ちたい。少しでも長く野球をやりたいと思っています」

「高校野球史上最高の試合」から47年。時間は過ぎても、名将の野球への思いは変わることがない。

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1979年「実は僕も江川卓のトレード候補だった」“空白の一日”を巨人の左腕エースはどう見ていたのか「江川本人が気づくわけないんだから」
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#26
「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」
#25
「金沢の町から人がいなくなった」“高校野球史上最高の試合”死闘の結末で何が起きたか…星稜の名将は「自分の器の小ささがよくわかりました」
#24
「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
#23
「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」
#22
春夏連覇で「天狗になっていた。社会人で鍛えられました」伝説の“延長18回”投げぬいた石井毅のいま「箕島と星稜の縁はほんまにありがたい」
#21
「あの試合が終わって『夏も優勝しようや』と」高校野球“史上最高の試合”箕島-星稜延長18回の死闘で起きたこと「星稜の思いに報いたい」
#20
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1979年「実は僕も江川卓のトレード候補だった」“空白の一日”を巨人の左腕エースはどう見ていたのか「江川本人が気づくわけないんだから」

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