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「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」 

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元永知宏

元永知宏Tomohiro Motonaga

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photograph bySankei Shimbun

posted2026/09/09 11:03

「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

今や高校野球名門校といえる星稜だが、そのはじまりは前途多難だった。伝説の名試合に挑むまでの苦労を、名将・山下智茂監督が回想する

「石井(毅)くんが1年生の時に招待試合をしたことがあるんです。尾藤さんは『いいピッチャーを投げさせるから』と言っていました。まだ彼がアンダースローになる前。その試合はノックアウトしたんですけど、2年生になって本当にいいピッチャーになった。やっぱり、尾藤さんには選手を見る目、先見の明がありますね。だから、正月にうちの生徒に宣言したんですよ、『今年は打倒・箕島、打倒・石井で行くぞ』と」

 夏の石川大会の準決勝で金沢商、決勝で輪島を下して甲子園出場権を得た。

キャプテンが「箕島とやりたい」と

 組み合わせ抽選会の前、キャプテンとの会話を山下はよく覚えている。

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「弱いところを引っ張ってこいと言ったんだけど、(キャプテンの)山下靖は箕島とやりたいと言う。僕は『それは決勝でいいから』と。どうせ抽選だから当たるはずないと思ったら、(1試合)勝ち上がったら箕島と対戦する組み合わせになりました」

 初戦となる2回戦で宇治(京都)を下せば、札幌商業(南北海道)と箕島の勝者と戦うことになる。

「石川県だけじゃなくて、雪国の子って、性格がおとなしいんですよ。でも、甲子園に来て『箕島とやりたい』と言えるようになったかと思って、ものすごくうれしくなりました」

 8月12日に行われた宇治との2回戦。堅田が宇治打線を抑えて完封勝利。13日に登場した箕島は札幌商業に7対3で勝利を挙げた。

 星稜の選手たちが切望した箕島戦は8月16日、第4試合で行われることになった。

つづく

#24に続く
「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
この連載の一覧を見る(#1〜26)
#26
「延長18回と5連続敬遠」の共通点…星稜・山下智茂監督が81歳の今も心に秘める教訓「もしあの試合に勝っていたら、天狗になってクビだったかも」
#25
「金沢の町から人がいなくなった」“高校野球史上最高の試合”死闘の結末で何が起きたか…星稜の名将は「自分の器の小ささがよくわかりました」
#24
「野球観、人生観を変えてくれた」箕島との“延長18回”を星稜・山下智茂監督はどう戦ったか…サヨナラ危機で出た奇跡のプレーに「私もびっくり」
#23
「部員8人で甲子園? とバカにされて」山下智茂が名門・星稜を築きあげるまで「生徒にトイレへ呼び出されて、スパルタの仕返しかと覚悟したら…」
#22
春夏連覇で「天狗になっていた。社会人で鍛えられました」伝説の“延長18回”投げぬいた石井毅のいま「箕島と星稜の縁はほんまにありがたい」
#21
「あの試合が終わって『夏も優勝しようや』と」高校野球“史上最高の試合”箕島-星稜延長18回の死闘で起きたこと「星稜の思いに報いたい」
#20
「水分補給もして、ドクターもいた」ど根性野球の昭和に甲子園連覇した公立高の“先進性”「県大会は勝って当然…校歌をちゃんと歌え、とクレームも」
#19
「小さな町で、近所の子どもが集まったような野球部」箕島はなぜ70年代屈指の強豪校になったか「尾藤公さんが監督になってすべてが始まった」
#18
「甲子園に出るのは当たり前」史上唯一の“春夏連覇”公立高ナインはセンバツ優勝にも「あくまで淡々と…キャーキャー言われて少し天狗だったかも」
#17
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#16
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#15
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