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高校でイップス、ドラフトはまさかの8位指名…日本ハム・北山亘基はいかにして侍ジャパンへ這い上がったのか? 恩師が明かす「不屈のルーツ」
text by

沢井史Fumi Sawai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/03/28 06:01
WBC日本代表にも選ばれた北山亘基。日ハムではローテの一角として活躍している
ピッチャーでキャプテン。負担がかかることも分かっていた。
だが、このままピッチャーとしての道を歩かせたら、ピッチャーとしての技術にしか着目せずに北山がいっぱいいっぱいになってしまうのではとも思ったのだ。
北山本人が「キャプテン、ありがとうございました」
試合後に球場外で早速行った1、2年生によるミーティングでキャプテンは北山、と全員の前で公言した。その後、新チームでの練習のため学校に戻ると、北山が監督室のドアをノックしてきた。
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「最初はキャプテンを断りに来たんかなって思ったんですよ。そうしたら本人が“キャプテン、ありがとうございました”って御礼を言いにきたんです」
そして北山はさらに続けた。
「ただ、先生ちょっとお願いがありますって言うてきたんです。『僕、しばらくピッチング練習をしなくてもいいですか』って言ってきたんですよ。北山自身もね、分かっていたんですよ。今のままではダメだって。僕もそう感じていたので、分かった、じゃあ外野でもやるかって。ライトからサードに投げれば一番イップスが治りやすいとも言うので、秋はライトで起用していました」
もともと足が速く守備力の高さにも定評があった北山は、新チームでライトの守備をソツなくこなした。その後、徐々にピッチングを開始しマウンドに戻ったものの、練習試合等では四球を連発する試合が続いた。
ただ、指揮官はどれだけ打たれても自滅しそうになっても交代を自ら告げなかった。実は北山とどういう状況になったら交代させるかを示し合せていたのだ。
「そうしたら“僕が交代お願いしますと言ったら交代させてください”って言われたんですよ。肩の状態は問題ないし、痛い部分もない。無理だったら無理と言いますって言われたんです。その頃は1人の投手が1試合を投げ切るのが当たり前という時代の最後くらいだったと思います。
本人がそう言うならと思ってこちらから交代を告げないようにしたら、春の洛星戦でノーヒットノーランしたんです。そこで何かを掴んだんじゃないでしょうか」
そこからエースとしてチームの中心に立ち、3年夏にはチームを19年ぶりの甲子園出場に導いた。

