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「プロ野球時代の貯金は消えたけど…人は変われます」元中日・前原博之が“新聞販売店”を開業していた…涙の修行、奮闘する今「カミさんに楽をさせたい」
posted2026/03/30 11:01
中日で活躍した元プロ野球選手、前原博之は58歳の今、岐阜市の新聞販売店のオーナーとして奮闘している
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岡野誠Makoto Okano
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NumberWeb
前原博之は10年前の修行時代をこう振り返る。
「夜中の1時半に起きて、折り込みして配達する。午後は夕刊を配って、合間に営業にも行く。住宅が密集している地域だったので、すべて自転車で動いていたんですよ。休みもないから、身体はパンパンに張る。そうすると、心も折れやすくなる」
「よく頑張ったね」修行終えて涙
半年間の修行を終え、打ち上げの飲み会が開かれた。いつも助けてくれたベテランの女性に柔和な表情で「よく頑張ったね」と声を掛けられた。その瞬間、前原の頬に涙がこぼれた。180日に及ぶ我慢の結晶だった。
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「人目もはばからず、大泣きしてしまいました。本当に辛い日々でしたから」
家族の知らない所で、父は必死に働いていた。苦難の末、販売店を始める権利を得た48歳は、自ら店の場所を探さなければならなかった。時間はたった1カ月しかなかった。
「知り合いの大家さんに空いている場所を探してもらったら、中古車販売店が自動車置き場として使っていた小さいスペースがあった。本来、新聞販売店は自宅との併設が望ましいのですが、時間がないからプレハブを2つ置きました」
「前原新聞店」が完成するまで
前原は昭和コンクリート時代の知識を活かし、自ら図面を作成。友人の建築作業員に依頼し、土地建物850万円で「前原新聞店」を完成させた。
「その友達が自分の利益を度外視して、大幅に安くしてくれました。電気、ガス、水道もツテを辿って、何とか1カ月以内に許可を取れた。普通では無理です。いろんな人のお陰で、スタートが切れました。やっぱり、僕は運がいいんですよ」
運だけでは片付けられない。支払いは中日コーチ時代の貯金から捻出した。かつての浪費の反省が自らを救ったのだ。初期投資として電話やパソコンだけでなく、配達用のバイクを16台揃え、新聞に広告を折り込む機械もリースした。


