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「何度でも立ち上がってきた」アスリートの経験値と復興支援活動がもたらす“地元の魅力再確認”と未来に向かう循環

posted2026/04/03 11:00

 
「何度でも立ち上がってきた」アスリートの経験値と復興支援活動がもたらす“地元の魅力再確認”と未来に向かう循環<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto

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石井宏美

石井宏美Hiromi Ishii

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Kiichi Matsumoto

 2025年3月23日、愛媛県今治市で大規模な山林火災が発生した。

 乾いた風にあおられ、炎は隣接する西条市にも及び、およそ481ヘクタールを焼き尽くした。愛媛では平成以降最悪の被害となった。

 火災は発生から23日目にようやく鎮火。山の斜面には黒い土と焦げた幹だけが残り、かつての緑の記憶が一気に剥ぎ取られていた。

 約1年経ってもその爪痕は残っており、焼け跡の真っ黒な山肌が今もむき出し状態のままだ。

 3月12日には本格的な復旧が始まるのを前に今治市で記念植樹が行われた。山林火災の被害が大きかった場所の一つである朝倉地区から小中学生や自治会関係者が参加。焼けた跡の残る山の斜面に、ウバメガシやコナラなど燃えにくい品種の7種類の苗木約1350本を植えた。緑を失った山に子どもたちが植えた最初の“緑”となった。

 焼け跡に初めて足を踏み入れた子どもたちは「木が少なくてびっくりした。それだけ被害が大きかったんだなと思った」「早く緑が戻ってほしい」と口にしながら、山を登っていく。

 緑が消えた斜面に苗木を植えることは、単なる作業とはいえない。いわば失われた時間を未来へ結び直す重要な第一歩だ。子どもたちは森が戻るまでの長い時間を自分たちの手で始めることになった。

 今回、この植林の輪にスポーツの力が加わった。

 アスリートによる社会貢献活動を推し進める目的で日本財団が2017年に始めた「HEROs」プロジェクト。23年12月に結成が発表された「災害支援チーム」が今治を訪れ、子どもたちと同じ土を触り、同じ斜面に苗木を植えた。

 参加したのは、ラグビー元日本代表の大西将太郎、フェンシング元日本代表の三宅諒、フィギュアスケート元日本代表の小塚崇彦、競泳元日本代表の渡部香生子など、様々な競技で活躍する総勢23名におよぶアスリートだ。

 彼らと子どもたちが1組4~6名のグループに分かれ、斜面に1本ずつ丁寧に苗木を植えていった。子どもたちは急な傾斜をものともせず元気に駆け上がり、苗木を植えていく。毎日、この山を見ながら登下校するという中学生は、「焼けて緑がなくなってしまってショックでした。でも苗木が育って、またこの山に緑が戻ってくることを楽しみにしています」と1本ずつ心を込めながら植えていた。

数年後、数十年後に森が戻ってくれたら

 山林火災で傷ついた山を自分達の手で元の姿に戻したいという思いが、子どもたちの植林活動を支えているようだった。苗木を植えるたび、山にも子どもたちにも、少しずつ元気が戻っていくように映った。そんな姿にHEROsの面々も目を細める。

 これまでHEROsの中でも継続的に災害支援に参加し、現地で子どもたちと向き合い続けてきたソフトボール元日本代表の髙山樹里は、「自分たちの手で故郷をよみがえらせることもそうですが、こうした活動を通して子どもたちが自分たちの故郷の素晴らしさを再確認してくれたらうれしいです。苗木はすぐ成長するわけではありませんが、彼らが数年後、数十年後、年齢を重ねて大きくなったときに森が戻ってくれたらと思いますし、そうやって未来につなげることができればと思っています」と未来へ想いを馳せた。

 今回の植林活動がHEROs災害支援チームとしては初参加となった三宅諒も、子どもたちと同じように苗木を手にし、汗を流した。

「苗木はすぐに森にはならないですし、練習も一日で強くなるわけではありません。どちらにも共通しているのが、積み重ねが未来を変えていくということです。今日は子どもたちが元気に植林に参加している姿を見て、僕らの方が刺激をもらった気がします。これからもこうした活動を継続していけたらと思っています」

 過去の災害支援活動を通して、積み重ねの価値や大切さを知っている髙山もしみじみと語った。

「スポーツを通して私たちが支援したり元気を与えているように見えますが、実は子どもたちから学ぶことがすごく多いんですよ」

 今回リーダー的な立場でアスリートを束ねた大西は、「アスリートは様々な苦労、敗戦を経験して何度でも立ち上がる力を大事にしている」と語り、山林火災からの復興を励ました。

 もちろん、彼らが果たした役割は単なる応援だけにとどまらない。

何度倒れても、立ち上がるのがアスリート

 大西が話したように、何度倒れても立ち上がってきたアスリートの経験は、地域の人たちの気持ちと自然に重なる。また苗木を植える行為は、「自分たちの行動が未来をつくる第一歩」だと感じられるようになる。HEROsの参加によって、今治で起きたことが全国へ伝わり、支援や関心の輪が広がっていく可能性もある。復興に向かう時間そのものに、前へ進む力と希望を与えた。

 今治での活動はHEROsにとって初めての災害支援ではない。

 これまでもスポーツを通じて社会課題に向き合うプロジェクトとして、全国の被災地でアスリートと地域をつなぐ活動を続けてきた。

 能登半島地震および水害におけるスポーツ交流・復興支援、子ども支援など、全国の被災地、困難を抱える子どもたちや社会課題の現場に寄り添い続けてきた。

 今回も植林活動を前に地元のFC今治高校を訪れ、高校生たちとの対話の時間をもった。この交流のなかでは元プロテニス選手の笹原龍が東日本大震災、スケルトン元日本代表の小口貴子が能登半島地震での被災経験を赤裸々に語った。

 さらに2人の話が終わると、アスリートと高校生らが10のグループに分かれディスカッション。同校の生徒はおよそ7割が県外出身者で、全国から生徒が集っている。現在は今治で暮らしている彼らだが、この瞬間に今治で被災したとき、地元に帰省しているときに被災したとき、そして今治にいるときに地元が被災したときに自分たちに何ができるのかを話し合った。

 今回の山林火災の災害経験や復興支援活動は、地元とは何かを問い直すきっかけになった。地元出身者はもちろんのこと、越境した高校生は地元を外側から守る視点が生まれ、越境先である今治での学びが、地元の課題を照らす鏡にもなった。さらに地元だけでなく、越境先である今治での自分の役割を感じることにもつながった。誰かの地元を守る経験が、自分の地元を守るという責任感につながり、ディスカッションで再確認した地元への愛着が災害への備えを促す大きなきっかけに。地域の未来を担う世代が災害を通して地元の課題を自分たちの問題として真剣に捉えていた。

 参加した高校生たちは、「これまでは正直、他人事のように災害を捉えていた部分があったと思います。でも、自分にでもできること、力になれることがあることを知り、チャレンジしたいと思いました」、「小さなことでもアクションを起こすことが大事。それが人を救うことにつながるし、誰かがやらないと始まらないことも痛感しました」と、各々が防災意識や当事者意識を持つ大切さを再確認。自分で問いを立て、自分で動き、そして社会とつながる主体性は、HEROsが大切にしてきた価値観と重なる。

学生たちは自分たちが何をすべきか考えていた

 天災は誰の身にも一瞬にして起こりうることだ。しかし、復興は一瞬では終わらない。山もすぐには元の姿には戻らない。

 高校生との交流会で「僕たちが思っている以上に、学生たちは自分たちが何をすべきかいろいろと考えていた。それが未来をつくることなんだと感じました」と三宅も話したように、子どもたちが自分たちの地域を自分たちで守るという意識は強い。

 今回、アスリートが活動をともにしたことでその意識はさらに強くなったはずだ。

 約1350本の苗木は火災で失われた森を取り戻す約束であり、次世代へつながる希望だ。子どもたちとHEROsがこの日刻んだ再生の物語は未来へと続いていく。

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