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「プロ野球引退“3年後”に貯金ゼロに…」大金を失い、会社員生活を経て…元中日・前原博之の“引退後”「フリーターがいきなり大仕事を」コーチ打診の電話
posted2026/03/29 11:03
1993年、巨人・槙原の暴投で生還する中日・前原博之
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph by
KYODO
プログラマーを目指した少年が16年ぶりにパソコンを開くと、世界は激変していた。
「高校の時は(プログラミング言語は)COBOLを使っていたんです。でも、時代は変わっていた。会社から『ワードとエクセルを使えるようにしてください』と言われたけど、何のことだかわからない。現役の頃、パソコンなんて一度も使ってないですからね」
戻らない金銭感覚「貯金がゼロに…」
サラリーマンになっても、前原博之の金銭感覚は変わらなかった。プロ15年で2億円を稼ぎ、引退時の銀行口座には1500万円が残っていた。その大金も3年で儚く消えた。
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「西武時代と同じように、毎月50万円以上使っていました。食事会があればご馳走してしまうし、値段を気にせずに買い物をしてしまった。減っている時は何も考えない。口座の金がゼロになって、初めて現実に引き戻されました」
大金を失い、初めて己の愚かさに気付いた。仕事でも失敗を繰り返した。営業を任された前原は設計事務所を訪問すると、窓口の社員を飛び越え、いきなり所長の元へ向かった。元プロ野球選手の来訪に最高責任者の頬は緩んだ。だが、帰社すると上司に「ちゃんと順番を守らないといかんぞ」と注意された。
「何段階も飛ばしてしまうと、他の人の顔が立たなくなる。僕には一般常識がなかった」
前原は素直に反省した。過去の栄光にしがみつかず、必死にワードとエクセルもマスターした。懸命に今を生きる姿に、9歳年下の女性社員が心を惹かれ始めていた。
結婚、順調な会社員生活も…球界に戻るまで
「すごく仕事のできる人で、仲間から信頼されていました。彼女は中国語をマスターしていたので、貿易課にいたんです。僕の離婚歴を知っていたけど、向こうから寄ってきてくれた。選んでもらえたんだと嬉しかった。妻は結婚退社しました」
38歳を迎える05年、前原は再婚。子宝に恵まれ、億を超える大きな仕事も任されるようになった。会社から副業も許され、平日に岐阜、一宮、大垣と3カ所で野球教室を行う日もあった。昭和商事でも野球教室でも400万円強を稼ぎ、年収は800万円から900万円に上った。

