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高校でイップス、ドラフトはまさかの8位指名…日本ハム・北山亘基はいかにして侍ジャパンへ這い上がったのか? 恩師が明かす「不屈のルーツ」
text by

沢井史Fumi Sawai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/03/28 06:01
WBC日本代表にも選ばれた北山亘基。日ハムではローテの一角として活躍している
ただ指揮官からすると気が気でない時期もあったようだ。
「北山は礼儀正しくてあまりネガティブな表情を見せることはないんです。でも自分の意見を貫いて何とかしようという気持ちが人一倍あって自己主張が強い。だから周囲とぶつかることもあったんです」
意志が強いからこそ、頑固な面もあった。心と身体が嚙み合わず紆余曲折の時期もあったが、3年夏にはストレートが146キロまで達し、プロ注目右腕と呼ばれるまで成長した。
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実は3年生になったばかりの頃から本人は高卒プロ入りを熱望していた。だが、進路に関しては慎重に話し合いを重ねてきた。
「春の大会前に北山の両親も一緒に4人で話し合ったのですが、その頃はNPBスカウトが1人も練習を見に来たことはなくて、今後もどうなるかは分からない、厳しいかもしれないという話はしていました。本人は納得の上で志望届を出すつもりにしていました」
だが、その秋のドラフト会議では名前が呼ばれることはなく、平野佳寿(オリックス)を育てた勝村法彦監督(当時)が指導する京産大に進み1年春から登板。その秋から抑えという重役を担うなどし、リーグ戦では14勝を挙げた。
「大学では150キロを超えたのもそうですけれど、ひとりよがりになりそうなところを、あそこまで結果を残せたのは勝村監督に指導していただいたお陰。キャプテンもさせてもらえたから、人間的に成長できたと思います」
ドラフトはまさかの8位指名…開幕投手の“奇策”も
順調に成績を積み上げ、ドラフト会議では上位指名されると確信していた。全球団から調査書が届いていたことも聞き、どの順位で名前が呼ばれるのか、松井総監督も当日はソワソワしながらドラフト会議を見守っていた。
「それが6位になっても名前が呼ばれなくて(苦笑)。7位まで来ると“選択終了”の球団も増えて、どうなるのかと思ったら8位でしょう。入団して、3年間くらいで勝負できないと厳しいと思いました」
すると、翌年のリーグ戦ではルーキーながら開幕投手に指名された。それから4年間で通算23勝を挙げ、現在は日本ハムの先発投手の一角を担っている。

