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「実は星野仙一監督の中日にいた」WBC豪ニルソン監督は井端弘和を救った“恩人”だった…メジャー大型契約を捨てて来日した「母国愛」秘話 

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渋谷真

渋谷真Makoto Shibutani

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photograph byJIJI PRESS(L)/Getty Images(R)

posted2026/03/22 11:00

「実は星野仙一監督の中日にいた」WBC豪ニルソン監督は井端弘和を救った“恩人”だった…メジャー大型契約を捨てて来日した「母国愛」秘話<Number Web> photograph by JIJI PRESS(L)/Getty Images(R)

オーストラリア代表のデーブ・ニルソン監督は2000年に登録名「ディンゴ」として中日に在籍していた! 日本との切れない縁と井端監督との秘話とは

井端監督の「恩人」だった

 5番のディンゴ(左打者)をはさんで、4番にレオ・ゴメス、6番に山崎武司。ジグザグの長距離トリオで前年に続くリーグ連覇をねらった星野仙一監督だったが、終わってみれば五輪前に自主退団。しかし、このわずかな在籍期間にディンゴを「恩人」と感謝しているのが他ならぬ侍ジャパンの井端弘和監督だった。

「彼には代走と守備固めが必要だということで、僕が一軍に呼ばれた。あれがなければ僕はあの年でクビになっていたかもしれない。だから恩人なんです」

 当時は大卒3年目。しかし優勝した前年はついに一軍からお呼びがかからなかった。危機感。大砲で鈍足のディンゴは、自らに出番を与えてくれた存在だった。

日本との切れない縁

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 その後もニルソンと日本野球の縁は切れなかった。シドニー五輪では黒木知宏から3ランを放ち、4年後のアテネ五輪では何と予選リーグで安藤優也から本塁打を打ち、準決勝でも初のオールプロで臨んだ日本に連勝。捕手として完封に導き、見事に銀メダルを勝ち取っている。

 まさしくミスター・オージーベースボール。2018年から代表チームを率いている。井端ジャパンとは2023年のアジアプロ野球チャンピオンシップ、2024年のプレミア12に続いて3度目の対戦となったが、7回に逆転2ランを浴び、惜敗した。

 結果としてベスト8進出も逃すこととなったが、オーストラリア野球の魅力は日本や海外のファンにも伝わったことだろう。韓国にわずかに及ばず敗れ、選手たちは頭を抱えて泣いていた。選手の背中を見つめるニルソン監督の姿からは、グッドルーザーと呼ぶに値する誇りが伝わってきた。

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