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「寝坊して美帆に怒られた日も」スピードスケート“最強の姉妹”をつくった早朝4時半の新聞配達…高木菜那「お金はなかったけど」両親が課した本当の理由 

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高木菜那

高木菜那Nana Takagi

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posted2026/02/10 11:00

「寝坊して美帆に怒られた日も」スピードスケート“最強の姉妹”をつくった早朝4時半の新聞配達…高木菜那「お金はなかったけど」両親が課した本当の理由<Number Web> photograph by JMPA

平昌五輪スピードスケート女子パシュートで姉妹そろって金メダルを獲得した高木菜那と美帆

 お金がなかったにもかかわらず、ミュージックプレーヤーだけは最新のものを兄妹3人に父が買ってくれていました。

 口数の少ない父だったので、頑張れよって言われている気がしてすごく嬉しかったのを覚えていますし、これがあったから大変なトレーニングも続けてこられたのかなとも思います。この頃から私のスポーツ人生には、音楽がずっと隣り合わせにあり、何度も音楽に心を救われてきました。そんなきっかけをくれた父には感謝ですね。

 ちなみに、このハードな朝に「1カ月毎日ランニング」が加わった時期もありました。高校生にならないと携帯電話を買ってもらえなかったのだけれど、中学1年生のとき、すでに持っていた友だちと、どうしてもやりとりしたいと親に頼んだら、1カ月間ランニングをサボらなかったら、パソコンから送れるメールアドレスを作ってくれるという話になりました。

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 そのために毎朝ランニングを頑張りました。そのときに取得したメールアドレスは、今も使っています(笑)。

(出身地である北海道)幕別町には大きい公園がたくさんあったり、広い河川敷があったり、スポーツをやりやすい環境だったとは思うのですが、父も母もとくにスポーツが得意だったわけではありません。でも、アクティブなエピソードはいろいろあるんです。

 たとえば、アクティブというよりも、ハードな思い出ですが、兄が小学2年生、私が幼稚園の年長、美帆が年少のときに、母と4人で自転車に乗って、家から10キロ先にある父の職場までお弁当を届けに行って、帰り道に私たちもお弁当を食べるというピクニックをしていたんです。

 10キロの往復。しかもこのとき美帆は、まだ補助輪付きの自転車に乗っていて、泣きながらも漕いでいたという、すごいピクニックでした。後編につづく〉

#2に続く
「“高木美帆のお姉ちゃん”と呼ばれて…」スピードスケート高木菜那の心が折れた“最強の妹”の出現「私のこと…誰も褒めてくれない」菜那を救った恩師の言葉

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