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「とにかく止まらんようにと…」箱根駅伝の青学大“神のいない山”に挑んだ無名のランナーを襲った“まさかの異変”「結局、誰にも言えなかったですけど…」
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph byJIJI PRESS
posted2026/01/06 11:01
2017年の箱根駅伝で青学大初の3連覇に向けて往路優勝のゴールテープを切った貞永隆佑。その道中、貞永に起きていた“まさかの異変”とは…?
傍から見ているだけでは、チームメイトですら貞永にアクシデントが起こっていたことは分からなかった。それは、追い込まれた状況でなお辛さを表に出さなかった貞永の精神力の強さの裏返しでもあった。
その一方で、チームメイトにも自身に起きていた異変のことは、最後まで話さなかった。
「多分いまでも皆、普通に垂れた(遅れた)だけだと思っていると思います(笑)。言わんかったですね。何でだろうな……何でですかね」
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そんな風に貞永は嘯く。そこには「神が居なくなった山」に、孤独な戦いを挑んだ男のプライドが見え隠れしていた。
迎えた最終学年は…夏に大腿骨を疲労骨折
捲土重来を期した4年目だったが、貞永は夏を過ぎたころには早々に箱根路を諦めていたという。
「春からずっと調子が悪くて、しかも夏にはまた大腿骨を骨折して。さすがにこれは間に合わないなと」
4年目になって、ますます走力はついていた。だが、それでも平地で勝負できるとは、どうしても思えなかった。勝負するなら、山しかない。だが、山には準備がいる。故障の影響がある以上、その準備がままならない。貞永にとってそれは、最後の箱根は走れないことを意味していた。
「ただ4年生ですし、箱根を走れないからと言って手を抜くわけにはいかないですから。やっぱり3年目に箱根を走って、ケアの意識や練習への取り組み方は明らかに変わりました。例えば朝練習が5時半からなんですけど、ケガをしないためにそれより早く起きてコンディションを整える。
もちろんそれまでも全くやっていなかったワケではないんです。でも、そういうことをちゃんと、きちんと毎日やるようになった。結局、それでもケガはしてしまったんですけど、そういう姿勢自体は当時の後輩たちに見せられたんじゃないかとは思います」
当時、貞永と同部屋だったのが2年生の竹石尚人だった。
結局、竹石はその後、貞永の後を継いで山の5区を走り、青学大の4連覇に大きな貢献をすることになる。その抜擢のウラには、毎朝目にしていた先輩の背中があったのかもしれない。
こうして「山」に懸けた4年間の大学生活を終えた貞永。だがその人生は、ここからまた予想外の方向へと急旋回していくことになる。
<次回へつづく>

