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「パンチは硬いし、速えし…」井上尚弥とのスパーリングで“左肘に異変”「骨折したまま試合をして、KO勝ち」“報じられなかった”渡邉卓也36歳の物語
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森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/12/27 11:36
井上尚弥とのスパーリングを繰り返した渡邉卓也(36歳)。当時はフェザー級だったが、3階級下の井上のパワーに驚いたという
骨折していた左肘…そのまま試合をしてTKO勝ち
試合当日の2月29日、後楽園ホールでのセミファイナルのリングに上がった。ラウンドが進むにつれ、左ボディを繰り出し、左を100%使えるようになった。ジャブとボディで試合を支配する。渡邉の左に相手は嫌な顔を浮かべた。ワンツーで相手の左目上を切り裂き、6回TKO勝利を収めた。
観客の誰もが、渡邉の左肘に異変が生じているなんて思いもしない。プロボクサーとしての仕事を全うした。
試合を終え、初めて病院へ行った。診断名は骨の一部が骨から引きちぎれて剥がれてしまう「剥離骨折」だった。
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やはり骨折していた。
ジムに行き、試合までのサポートを感謝するとともに、診断名を有吉に伝えた。
「会長、左肘、折れていました……」
「えっ……。マジか」
有吉は、その状態でよく闘ったと感心する一方で、恐怖心が襲ってきた。あのまま闘わせてよかったのだろうか。だが、パンチをガードして、肘を骨折したなんて、聞いたことがなかった。ボクサーは打撲なら仕方ないと思えてしまう職業だ。
試合を勝利で終え3週間が過ぎたころ、井上陣営から有吉を通じて、「スパーリングに来られないか?」と再びオファーがあった。
左腕を折られた相手にもかかわらず、渡邉は平然と大橋ジムへ行き、井上と対峙した。
なんか、俺、やっていること、めちゃくちゃだよな……。
そう思いながらも、渡邉自身、井上との闘いから引くことはなかった。
報じられなかった「渡邉卓也の物語」
有吉は大橋にも剥離骨折したことを伝えた。
「実は尚弥君とのスパーリングで、こいつの左肘、折られちゃったんですよ」
大橋は目を丸くして驚いた。
「マジで? そんなの聞いたことないよ!」
スパーリングでパンチをガードして、肘が折れる。大橋の長く濃密なボクシング人生においても、初めて聞く話だった。
大橋はマスコミに伝えていいか、有吉と渡邉に許可を得た。そして、後日、井上の伝説として多くの人たちに知れ渡った。
「モンスター」がスパーリングで3階級上の日本ランカーの肘を折った――。
だが、渡邉が左肘を骨折したまま試合に臨み、KO勝ちした、というその先の物語までは報じられることはなかった。
<続く>

