「パンチは硬いし、速えし…」井上尚弥とのスパーリングで“左肘に異変”「骨折したまま試合をして、KO勝ち」“報じられなかった”渡邉卓也36歳の物語 

　通常は4ラウンド、長い日は6ラウンド。毎週のように拳を交わした。倒されることも、途中でストップされることもなく、やり切った。だが、攻撃面で「今の良かったな」と思うことはほとんどなかった。井上はガードも堅い。普通の選手ならここでバランスを崩してくれるのに、という場面でも井上の身体はまったくぶれない。ただただきつくて苦しい4ラウンドのときもあった。

井上尚弥とのスパーリングで生じた“異変”

　2016年2月半ば。その日、大橋ジムに行くと、会長の大橋から「今日は尚弥ね」と告げられた。渡邉は2週間後の2月29日に後楽園ホールでの試合が決まっていた。渡邉自身、この週が試合に向けての最後のスパーリングだった。

　いつものように井上のパンチをなんとかかわしていく。井上の右ストレートがボディに飛んできた。渡邉は必死に左肘でブロックした。その瞬間、ガツンと響いた。これまでに感じたことのない痛み。嫌な予感がする。

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　やべえ、痛めちゃったかな、やっちゃったかな。

　表情には一切出さず、左肘の痛みを堪えながら、予定のラウンドを全うした。誰にも痛みを告げず、何事もなかったようにその日を終えた。それが渡邉のプライドだった。

　翌日、左肘が腫れ上がっていた。ジムに行き、会長の有吉に患部を見せた。

「打撲みたいになって、かなり腫れているんですよね」

　有吉は左肘を見て、驚いた。

　この時点で二人とも骨折しているとは思っていない。普通に考えれば、重度の打撲だろう。2日後には再び大橋ジムへスパーリングに行くことになっている。有吉は毎回同行していたため、もし動きに異変や危ない場面があれば、すぐに止めればいいと思い、その場は収まった。

　2日後、渡邉は大橋ジムを訪れた。スパーリングの相手は弟の拓真だった。井上とは違うやりづらさがあるものの、最後までやり遂げ、試合への最終調整に入った。

　あえて病院には行かず、毎日整骨院に通った。診断名を知ったところで、試合をやることに変わりはない。それならば、わずかであっても患部を快復させたほうがいい。超音波を当て、電気を流してもらい、マッサージしてもらう。左が使えるように、可能な限りの治療をした。周囲も熱心にサポートしてくれる。しかし、左手を少しでも動かせば、肘に痛みが響く。左は大事な武器だ。なんとか使えるようにしなくてはならない。

　井上とのスパーリングで負傷した、なんて絶対に言い訳にしたくない。

　それだけは自分自身に固く誓った。

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