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「パンチは硬いし、速えし…」井上尚弥とのスパーリングで“左肘に異変”「骨折したまま試合をして、KO勝ち」“報じられなかった”渡邉卓也36歳の物語

posted2025/12/27 11:36

 
「パンチは硬いし、速えし…」井上尚弥とのスパーリングで“左肘に異変”「骨折したまま試合をして、KO勝ち」“報じられなかった”渡邉卓也36歳の物語<Number Web> photograph by Hiroaki Finito Yamaguchi

井上尚弥とのスパーリングを繰り返した渡邉卓也(36歳)。当時はフェザー級だったが、3階級下の井上のパワーに驚いたという

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森合正範

森合正範Masanori Moriai

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Hiroaki Finito Yamaguchi

突如、舞い込んだ井上尚弥とのスパーリングのオファー。すでにボクシング界に轟いていた“モンスター”の雷名にもひるまず、渡邉卓也は幾度も大橋ジムへ足を運んだ。だがある日、井上のパンチで左肘に異変が生じ……。「不器用」を自認するボクサーは、なぜ腕を折られながらプロとしての仕事を全うできたのか。報じられることがなかった“伝説の裏側”に迫った。(NumberWebノンフィクション/全4回の2回目)

「俺で大丈夫っすか?」「行ってくればいいじゃん」

 2015年のある日、渡邉卓也は当時のジム会長、有吉将之から呼び止められた。

「大橋(秀行)会長から『井上尚弥とのスパーリング、渡邉君いける?』って、連絡あったよ」

 3階級下の選手からのオファーだった。井上は前年の12月30日、WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチで、11度防衛中の王者オマール・ナルバエスを衝撃的なKOで倒したばかり。2階級を制覇したものの、拳を痛め、復帰戦へ動き出したときだった。

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「ああ、わかりました。お願いします」

 渡邉は一切表情を変えずにそう返事をした。だが、内心は違った。

 いやあ、モンスターはやべえぞ。

 フェザー級の渡邉の耳にも井上の噂は入っていた。スパーリングで誰々をボコボコにした、あのチャンピオンは倒されて相手にもならなかった……。どれも圧倒的な強さを示す逸話ばかりだった。

 念のため、会長の有吉に確認した。

「俺で大丈夫っすか?」

「まあ、呼ばれているんだから、いい経験だと思って行ってくればいいじゃん」

 本当に「いい経験」で終わるのだろうか……。とはいえ、出稽古は所属ジムで練習するのとは違い、試合に似た緊張感がある。学ぶべきことは多いだろう。

「パンチは硬いし、速えし、重いし…」

 大橋ジムを訪れ、初めて井上と対峙した。身長177センチの渡邉に対し、井上は165センチ。背丈は一回り以上違うものの、井上の踏み込みが速く、これではあまり身長差は関係ない。

 本当に下の階級の選手なの? パンチは硬いし、速えし、重いし。俺の階級でも倒されるわ。どうすればいいんだよ……。

 そう思いながら、培ってきた防御技術を駆使して、予定のラウンドを終え、スパーリングパートナーとしての役割を全うした。

 以降、週2回大橋ジムに通うことになった。井上陣営にとっても、渡邉は予定のラウンドを消化できる貴重な長身のパートナーだった。

 渡邉にとって、井上は恐ろしいほどスピードがある相手だった。同時にこれほどまでにパワーがある選手は近い階級にもなかなかいない。リスクはあるが、井上を経験して慣れれば他の選手と闘いやすくなるのではないか。もう、そう考えるしかなかった。しかもスパーリングの相手は井上か、弟の拓真か、当日にならないとわからない。

【次ページ】 井上尚弥とのスパーリングで生じた“異変”

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