NumberPREMIER ExBACK NUMBER
「ショウヘイの言葉が聞きたいか?」ドジャース・ロバーツ監督の“無茶ぶり”にも…大谷翔平の英語力はいかほど? WS連覇後も堂々スピーチ「ある意味、普通」
text by

柳原直之(スポーツニッポン)Naoyuki Yanagihara
photograph byJIJI PRESS
posted2025/12/16 17:01
大谷の周りは英語が飛び交う。ロバーツ監督の指示を聞く
優勝報告会以外で、大谷が過去にファンや報道陣の前で、英語でスピーチしたのは2019年1月26日、'24年1月27日の2回だけだ。いずれも全米野球記者協会ニューヨーク支部主催の夕食会で“カンニングペーパー”があった。'25年1月25日の夕食会は欠席し、英語のビデオメッセージを送った。細かく言えば'17年12月9日のエンゼルス入団会見、同年12月25日の札幌ドームでの惜別会見でも英語を話したが、いずれもひと言だけだった。
日本ハムでの5年間で、大谷と外国人選手が積極的に話している印象はあまりない。私が唯一、覚えているのはグラウンドでよくルイス・メンドーサと冗談を言って、笑い合っていたことだ。'14~'17年途中まで日本ハムに在籍したメキシコ出身の右腕は陽気で心優しく、母国語はスペイン語だがメジャー経験が豊富で英語も堪能だった。当時同僚だった有原航平(現ソフトバンク)らとともにオフに札幌市の寿司店に出かけたこともあった。あるトークイベントで大谷が「彼氏にしたい選手」を問われた際にはメンドーサの名前を挙げるほど、頼りにしていた。
一番大事なのは野球の技術
ただ、前述したように、この時点では公の場で英語をスラスラと話すほど英語力はなかったはずだ。それでも、大谷に焦りはないようだった。エンゼルスの入団会見時に、自身の英語力について問われ「一番大事になってくるのは野球の技術」と言い切った。新人王を獲得した1年目のオフ、'18年12月のインタビュー時には「自分で話せるようになるのが一番だとは思いますけど。やらなければいけないみたいなのはあまりないです」と話していた。もちろん当時は'24年開幕直後に違法賭博問題が発覚する元通訳の水原一平受刑者の存在が大きく、大谷にとって英語は二の次だった。
一体、どうやって英語力を伸ばしたのか。
【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」内「新しい人たちの中で楽しめるかどうかが大事」渡米8年、大谷翔平の英語力はいかほどか?「a little troublesome.」の言い回しにトライネンは「英語がうまい」と太鼓判で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。
Number1133号「アスリートに学ぶ外国語学習法。」*書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

