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プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
「少しグレていた」「学校帰りに渋谷で…」“フェリス卒お嬢様レスラー”桜井麻衣の意外な素顔「周りは東大や早慶…私は学年ビリ」《特別グラビア》
text by

原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2025/12/05 17:36
マリーゴールドで活躍する桜井麻衣。2026年1月3日には青野未来が保持する団体最高峰のワールド王座に挑戦する
韓国は桜井に活力を与えてくれた。
「留学中は色んなことがありました。友達と飲んでたお店で、お立ち台みたいなところがあって少女時代を歌って踊ってたんです。そしたらたまたま有名な女優さんが来店されて『韓国語上手だね』って言ってくれて、『一緒にカンナムスタイル歌おう』って江南で一緒にカンナムスタイル歌って踊ってもらいました。私が留学生だったのもあって、飲み代とか全部ご馳走してくださって。本当に感謝してます。留学中に現地のたくさんの人に優しくしていただいたんです。日本語しか話せていなかったら、出会えていなかったんだろうと思う素敵な出会いがいくつもありました」
なぜプロレスラーに?「女王様みたいな雰囲気で…」
話は韓国に行く少し前になるが、桜井は大学に通わなくなってしまった。
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「単位が足りなくて留年しちゃって、親が『学費を払わない』となって。その時はじめて自分でお金を稼ぐことの大変さだったり、お金の大事さが身にしみましたね。お金に困らないことで、こんなに心に余裕を持たせてもらっていたんだ、と気付きました」
自分の学費を稼ぐため銀座のクラブで働いた。
「仕事ではマナーも厳しく教わりましたし、その時、働いて得たお金はほとんど貯金していたので、学費以外にも留学費用とか海外旅行にも充てられた。かえってこの経験ができて良かったのかもしれない(笑)」
大学を終えた桜井は芸能の仕事をしていたが、やがて転機が訪れる。
「28歳の時、『女子プロレス観に来ない?』って誘われて観に行こうか迷っていたら、友達に『女王様みたいな雰囲気で女子プロレスやったら似合いそう』って言われたんです。それで女子プロレスってどんな感じなんだろう? って観に行ったら、感動して」
ここで桜井は女子プロレスと出会った。
「それで、占いに行ったんですよ。女子プロレスラーになろうと思うんですけどって、タロットで占ってもらったら、タロットカードの中で一番良い、幸運のカードが出たんです。『やった方がいい』って言われて。自分の中では、占いの結果に関係なくやることは決意してたんですけどね。即決してそのまま入門することになって、半年後にデビューできて。お客さんとして後楽園ホールで格闘技を観戦していた私が、1年後には自分が選手として出ているっていう信じられない現実が待っていた。そして、その何年後かに“貴婦人様”と呼ばれてプロレスしていて……」
桜井はにんまりとした。
「友達に言われたこと、当たってたのかもって思いました。今まで、自分では絶対に選ばなかったり、知らなかったことでも、人に勧められて試したことがキッカケで人生が大きく変わりました。だから私も人の人生を変えられるようなプロレスを見せていきたいと思って、日々戦っています。あとは子供の頃、親にお金をかけて育ててもらったのに、親の思い描く道ではない道で生きてきたこと。わがままに生きさせてくれたことに感謝をしてるけど、まだ親孝行ができていないので、自分が選んだ道で必ず成功して親孝行したいという強い思いがあります。陰で私を応援して、支えてくれている人が沢山いる。まだまだ大きな夢があるので、その夢を叶える為に頑張ります。私が活躍することで、皆さんに恩返しをしていきたい」
そう言うと、桜井は「歩くの好きなんです」と夜の東京を歩きだした。
<前編とあわせてお読みください>


