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プロ野球PRESSBACK NUMBER
剛球始球式で「阪神・藤川球児監督もビックリ」“海上保安庁長官”61歳が語る驚きの高校球児時代「工藤公康さん相手にあと一歩まで…」
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph byJapan Coast Guard
posted2025/09/25 11:03
7月21日のプロ野球巨人対阪神戦の始球式で見事なフォームから速球を投げ込んだ瀬口良夫海上保安庁長官。高校時代の思い出と現在の職掌のつながりとは?(写真:海上保安庁提供)
工藤相手にリードして「瀬口、行くか?」
まずナゴヤ球場のマウンドに上がったのはサウスポーの伊藤さん。瀬口長官は「4番・ファースト」で先発した。2点ビハインドの4回、刈谷は相手エースの工藤に対してスクイズとタイムリー三塁打で2-2の同点。さらに7回、相手のエラーで3−2と逆転に成功した。
「スタンドがすごく盛り上がっていたのを今でも覚えています。何しろ相手は優勝候補ですから」
まさにその7回裏の攻撃の時だった。瀬口長官はベンチで、神谷良治監督に声をかけられた。
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「瀬口、行くか?」
強豪相手に先行し、残る2イニングを守り切れば決勝進出が決まる。大事なそのマウンドを、監督はエースに託そうとしたのだ。瀬口長官は振り返る。
「私は、『このままで行きましょう』と答えました。伊藤くんはとてもいいピッチングをしていたし、このまま流れを変えないほうがいいと思って……。でも、自分の本当の心の内はそれだけではなかった。怖かったんだと思います。自分に交代したら、打たれるんじゃないか、と。打たれて逆転される恐怖心があった。だから交代を断りました」
「恐怖心に負けた」心の弱さが今も原動力
左腕が続投したその8回、エラーをきっかけに名古屋電気に同点に追いつかれた。3−3で迎えた9回、2死三塁で9番打者にタイムリーを許し逆転負け。掴みかけた金星は、その手からするりと落ちた。相手エースの工藤は9回を耐え抜き完投勝利。一方で瀬口長官はマウンドに上がらないまま準決勝で散り、涙を流した。
「悔しかったです。自分が投げていれば、とは思わなかったですけど、でもあの時のことを私はずっと悔やんできました。あの時、なぜ逃げてしまったのか。恐怖心に負けた自分の根性のなさを情けない、と。その後悔は、今も私の仕事の原動力になっています」
瀬口長官の原点となったこの出来事には、40年越しの後日談がある。
〈つづく〉


