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薬物疑惑、昭和の芸能界…ボクシング興行師の息子が“借金30億円”を背負った理由「亀田家とボクシングの品格を下げた」と批判された男の現在
 

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栗田シメイ

栗田シメイShimei Kurita

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posted2025/08/04 11:00

薬物疑惑、昭和の芸能界…ボクシング興行師の息子が“借金30億円”を背負った理由「亀田家とボクシングの品格を下げた」と批判された男の現在<Number Web> photograph by NumberWeb

大阪・西成にある「TMKボクシングジム」で会長を務める金平桂一郎。今年11月で60歳となる

 清濁併せ呑む父・正紀は、息子をボクシング界に入れることには消極的だった。むしろ引き離そうとしていた節すらあった。桂一郎には、父から帝王学や教育方針を叩きこまれた記憶はない。だが、その立ち振舞いには常々注意を受けてきた。

「俺はたくさん敵を作り苦労した。だが、お前には敵を作ってうまくやれる実力がない、と。例えば目上の人と食事する時は、その人より良いものは食べるな。寿司屋に行ったら安価なネタばかり頼むのもいやらしい。上寿司くらいがちょうどいいんだ、と。つまり自分より才気に劣る息子には『とにかく人を不快にさせるな』ということを叩きこんだわけです」

 興行は、時代が移ろおうとて魑魅魍魎が住む世界であることは変わらない。その旨味や苦労を誰よりも知るのが正紀でもあった。父から見た息子は、そんな世界で生き抜く図太さや強かさに欠けていたのだろう。ロシア・サンクトペテルブルクの体育大学に留学に行かせるなど、出来るだけボクシング界から距離を置かせようともしていた。

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 1999年の3月。正紀は大腸がんで65歳で鬼籍に入った。父の死に伴い、息子がジムの会長を継ぐことになる。父の手帳に書き残された最後の言葉は、「永久の未完、これ完成なり」というものだった。

 新米会長には父との思い出にふける間もなかった。ジムの帳簿に目を通すと驚愕の事実が発覚したからだ。その借金額は実に30億円。途方もないその額は、後の金平の人生に大きくのしかかることになる。

第2回に続く〉

#2に続く
死んだ父が残した借金30億円完済も「酒に逃げた…」“このままじゃ確実に死ぬ”と診断された金平桂一郎を救った亀田興毅という宝物
この連載の一覧を見る(#1〜4)

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