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「失礼極まりないよね」契約更改で怒り→ベイスターズ移籍直前、妻に見抜かれた本塁打王の本心…なぜ“生涯中日”から一転トレード志願したか 

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間淳

間淳Jun Aida

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posted2025/07/07 11:00

「失礼極まりないよね」契約更改で怒り→ベイスターズ移籍直前、妻に見抜かれた本塁打王の本心…なぜ“生涯中日”から一転トレード志願したか<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

2001年のプロ野球FA解禁初日、中日フロントと朝一で話し合った山崎武司。ユニフォーム姿でのFA交渉は珍しいものだった

「打率.311で現状維持はないですよと訴えましたが、球団からは『本塁打が18本では少ないから』と説明されました。チームに必要とされていないのかもしれないと感じましたね」

 FA権行使の決定打となったのは、2001年のシーズンオフだった。浜松市で実施していた秋季キャンプ期間に、その出来事は起きた。中日との契約交渉が続く中、球団幹部の1人から「FAするのか?」とたずねられた。山崎が「FAも考えています」と答えると、信じられない一言が返ってきたという。

「球団で立場のある人でしたが、『FAなんて誘いがなかったら、ただの紙切れだぞ』と捨てゼリフを吐かれました。まだFA宣言していないので、どこかの球団が手を挙げる保証はありませんでしたが、自分は『その言葉、よく覚えておいてくださいね』と返しました。FAは選手の権利。球団の人たちがそんなこと言うのは、はっきり言って選手に対して失礼極まりないですよね」

FA宣言…ベイスターズが手を上げた

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 山崎は球団幹部に予告した通り、FA権を行使した。中日の生え抜き選手として初めてのFA宣言だった。すぐに、獲得に乗り出したのが、同じセ・リーグの横浜ベイスターズだった。

 最初の電話から、山崎が切望する「必要とされる場所」と合致すると感じた。1回目の交渉で横浜の球団社長に「うちのチームに、どうしても必要な選手。活躍する姿を見せてほしい。家族のことも含めて、何も心配しなくて良いように全面的にバックアップします」と直接説得されると、山崎の心は決まった。

「チームに来てほしいという熱意が伝わってきました。その場で、『お世話になります。家族の承諾も得ています』と話しました。もう気持ちは固まっていましたね。金額面はベイスターズがドラゴンズよりも少し上だったくらいで大きな差はなかったです。主軸として期待されているチームでプレーしたい一心でした」

山田久志の慰留…妻に見抜かれた本心

 プロ野球選手はサラリーマンと異なり、稼げる期間が短い。“寿命”が限られるため、活躍できる時に少しでも多くの収入を確保しておきたい気持ちが働く。ただ、山崎は中日で何年間もレギュラーを務め、すでに一流選手の証とされる1億円プレーヤーにもなっていた。FA権を取得した時点で、「やりがい」と「お金」の優先順位は若手の頃と逆転していた。同時に、モチベーションや向上心を高められる環境に身を置けば成績が残せ、結果的に年俸に反映されることも知っていた。

 横浜へのFA移籍は秒読み段階にきていた。ところが、山崎の決意が揺らぐ。

【次ページ】 生涯中日のはずが、なぜ1年後…

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