甲子園の風BACK NUMBER
高校時代の大谷翔平が断言「めちゃくちゃ良いピッチャーだ」東北の好投手とは何者か?「もう1回翔平を甲子園で投げさせてあげたい」花巻東チームメイトの思い
posted2025/08/08 06:00
2012年のセンバツ大阪桐蔭戦で投球する大谷翔平(花巻東)
text by

上杉純也Junya Uesugi
photograph by
Sankei Shimbun
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治療に専念する大谷に代わって、主戦投手に
――あの年(2011年)の花巻東はセンターラインが全員2年生でした。そのチームが優勝候補の帝京と接戦を演じたから、見ていた側としては来年どのくらい強いチームになるのだろうと思いました。負けたとはいえ、小原さんたちも手応えを感じた試合だったかと思います。
小原大樹さん(以下、小原) 結果的には過信だったかもしれないのですが、本当に「日本一になれる」という感覚はありました。2年生の夏に甲子園を経験させていただいた。それは雄星さんたちの代ではなかったものなので、これは何か行けるかもしれないと。そもそも日本一を目指してやっていたのでそこ以外は考えないようにはしていましたけれど、そういう感触は確かにありました。
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――2011年の秋に新チームが結成。ケガの治療に専念するため大谷選手の登板はありませんでしたが、小原さんが主戦投手となって秋の岩手県大会を勝ち抜いて東北大会に出場しました。数字だけ見ると県大会は余裕のある勝ちっぷりです。逆に東北大会は苦戦の連続でした。
小原 東北大会は2試合続けてサヨナラ勝ちしているのですが、特に初戦の日大山形戦はキツかったです。自分が先発したのですが、1、2回で一気に6点取られてしまった。このときの僕らは、春の選抜出場を決めるということと、明治神宮大会で優勝する。この二つがまず秋の目標だったのですが、ここを落としたら明治神宮大会どころかもう春の選抜も何もない。なので6点取られたときは正直「終わった」と思いました。それでもチームとしてはコールド負けだけは避けようと。攻撃するにしても5回までに1点ずつ詰めていけば希望はあるからと。すると僕がライトに下がったあとの攻撃で5点取り返してくれた。その後、8回、9回とまた僕がマウンドに戻ったのですが、この場面はもう気合だけ、チームに貢献したいという一心でした。
