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「ミスタープロ野球」長嶋茂雄の引退試合…ナゼ満員にならなかった？「延々、列が伸びるかと思ったら…」ベテラン記者が気づいた“異変のワケ”

text by

安倍昌彦Masahiko Abe

photograph byJIJI PRESS

posted2025/06/13 11:00

1974年10月14日、中日とのダブルヘッダーが引退試合だった「ミスタープロ野球」長嶋茂雄。当日、現地はどんな雰囲気だったのだろうか？

　当時、私は大学1年生。野球部の練習が休みの日や早く終わる日には、ナイターの後楽園球場で、ビール売りのアルバイトをしていた。

　その日が「特別な日」であることは、売り子仲間には以前から知れ渡っていて、いつもよりずっと早く事務所に入らないとすぐ「定員」になって、稼げるチャンスを失うことになる。

　当時、確か私が働いていた「キリンビール」の売り子は、50人ぐらいがその日の定員になっていたように思う。

　いつもより1時間以上も前に着いて、それでもギリギリセーフでオレンジ色の売り子ユニフォームを着ることのできた私の耳に、事務所長の声が聞こえてきた。

「今ごろ来たって、もうムリだよ、ムリ、ムリ！　いつもの試合とは違うんだから、ムリだよ、ムリ！」

　粘る売り子をおっぱらう声にトゲがあった。いつもはとても温厚で、観客が少なくて売れない日本ハム戦でも、他社の所長さんのように、「何がなんでも売ってこい！」なんて声を荒げたりしない人ですら、今日はいつもの冷静さを欠いている。

　そういえば、事務所長も長嶋選手が大好きだった。事務所の机のまわりには、長嶋選手のカレンダーやポスターがいくつもかかっていた。

　普段ならくだらないバカばなしに笑いころげながら試合開始30分前の「出番」を待つ売り子たちにも、やることはいっしょなのに、その日は妙な緊張感があって、口数も少なくなっていた。

　異様な雰囲気が漂う中で――「ミスタープロ野球」現役最後の1日が、幕を開けようとしていた。

＜次回へつづく＞

#2に続く

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