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原辰徳が激怒「何のサイン出してんだ!」ヘッドコーチが監督室に呼ばれて…岡崎郁が明かす“原政権のウラ側”「東京ドーム使用料…練習で800万円」
posted2025/06/01 11:01

2011年から2シーズン、巨人ヘッドコーチとして原辰徳を支えた岡崎郁(右)
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph by
Sankei Shimbun
「原さんはときどき天然が出る」
「……郁、キャッチャーを3人から2人にするのは、財布に2万円だけ入れて外出するぐらい心細いんだよ」
原辰徳の言葉に、当時のヘッドコーチ・岡崎郁はすかさず反論した。
「大丈夫です、2万円あったら大丈夫」
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巨人は、2011年6月11日のオリックス戦から捕手2人制を採用した。原のなかで、“2万円”の価値観が変わった。
「原さんって、16歳の時から甲子園のスーパースターで、爽やかなイメージを持たれていた。変なことも言えないし、周りも突っ込みづらい。だから、ときどき天然が出るんです。監督になってから長嶋(茂雄)さんに似てきたとよく言われましたけど、ミスターは自分を演出している部分もあると思う。原さんのほうが天然ですよ」
岡崎でなければ、「僕の財布には1万2000円しか入っていません」と言い返せなかっただろう。原の性格を知り尽くし、言動を予想できるからこそ、即座に反応できた。慣れていないコーチなら、呆気に取られていたはずだ。
練習場所をめぐる“攻防”
中間管理職として、岡崎はチームを操縦していた。キャプテンの阿部慎之助は選手を代表して、頻繁にヘッドに意見を提案していた。
「当時から監督みたいなところはありました。練習場所や内容、休養日などはヘッドコーチが決めるんですよ。だから、僕に要望を伝えてくる。100%はねつけるのもいけないし、100%受け入れるわけにもいかない。ちょっと向こうが言い過ぎてるなと思ったら、『それはお前が決めることじゃないよ』と諭す場合もありました。内心、『おまえは監督か』と思った時もあった(笑)。良く言えば、リーダーシップがありました。普通、なかなか言えないですから」
試合のない日、巨人は東京ドームかジャイアンツ球場で練習をする。原の意見、阿部の要望を汲みながら、岡崎が決めていた。