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棋聖・藤井聡太22歳に挑む“遅咲き33歳”「永瀬拓矢に気迫の逆転」「落合博満の著書を読破」“米長邦雄最後の弟子”杉本和陽とは何者か
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田丸昇Noboru Tamaru
photograph bySankei Shimbun/Nanae Suzuki
posted2025/05/11 06:00
棋聖戦で八大タイトル初の挑戦を決めた杉本和陽六段。藤井聡太七冠との戦いはどうなるか
「棋士になった年齢で、この棋士の伸びしろはこれくらいまで、という見方があります。しかし、それに抗いたいとずっと思っていました。歳を重ねても強くなることは、諦めたくないです。それと同年齢の西田くん(拓也五段=33)の活躍に勇気づけられました」
杉本と西田は17年4月に四段昇段の同期。同じ振り飛車党で、ともに切磋琢磨してきた。その西田は前期王将戦リーグで5勝1敗の成績を挙げ、プレーオフで永瀬九段に敗れて挑戦権を逃したがよく健闘した。
藤井とは過去2戦2敗…「色々な作戦を用意します」
杉本は今期棋聖戦の1次予選・2次予選・決勝トーナメントで、阿部健治郎七段(36)、兄弟子の中村八段、山崎隆之九段(44)、及川拓馬七段(38)、西田五段、永瀬九段らに10連勝し、棋聖戦の挑戦権を獲得した。まさに破竹の勢いだ。
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杉本は小学生の頃から振り飛車をずっと用いている。現代の振り飛車党は受難といわれ、タイトル戦で振り飛車を武器にかつて活躍していた棋士の不振が目立つ。しかし、杉本は「指したい駒組みを自分で選び、いろいろと工夫して指してきた。格上の棋士にも、型にはまれば勝てるのが振り飛車の魅力」だという。
この1年4カ月ほどの杉本の公式戦の将棋を調べてみた。約80局のうち8割が振り飛車で、三間飛車と四間飛車がともに約25局。玉を穴熊に囲ったのは約45局。穴熊に囲い合う対抗形の戦型は、振り飛車は居飛車に押されがちだが、序中盤の研究を重ねて工夫している。
杉本の振り飛車は、苦しくなると自陣に金銀を打って粘り強く受け、相手の攻めが止まると機を見て反撃する。その攻防バランスが絶妙で、雑草のように逞しい。棋聖戦挑戦者決定戦の永瀬戦がいい例だ。
師匠の米長永世棋聖は、「泥沼流」と呼ばれた変幻自在の指し方を駆使してタイトル戦で活躍した。杉本の将棋はそれを彷彿させる感じだ。通算勝率が6割を超えているのも納得できる。
藤井七冠と杉本六段の対局は過去に2局あった。
17年10月の叡王戦、23年10月の銀河戦。戦型は杉本の振り飛車に藤井の居飛車で、いずれも藤井が勝った。銀河戦は藤井が八冠を達成した直後の対局で、杉本は気合を入れて臨んだが、木っ端みじんに粉砕されたという。
藤井棋聖に杉本六段が挑戦するヒューリック杯第96期棋聖戦五番勝負の第1局は、6月3日に栃木県日光市のホテルで行われる。
杉本は「それまでしっかり準備して、タイトル戦を盛り上げられるように全力を尽くしたい。従来のタイトル戦とは毛色が違う、いろいろな作戦を用意します。賞金の5000万円(特別賞を含む。今期から大幅増額)については、なるべく意識しないようにします」と心境を語った。
タイトル戦に登場した約70人の棋士の四段昇段年齢を調べた資料によると、杉本は66番目の25歳7カ月。最も早いのは藤井の14歳2カ月。両者の棋歴は何かと対照的だ。しかし、あるネット上では「夢を実現した杉本さんはすごい」「杉本棋聖の誕生を期待」など、杉本への応援コメントが多かった。ジャイアントキリング(大番狂わせ)が起きないとは限らない。ちなみに、師匠の米長が八段時代の1973年に30歳で獲得した初タイトルは棋聖だった。
落合博満関連の著書を一通り読むほど
杉本は棋聖戦で和服を着用するつもりだが、一着も持っていない。師匠の米長家や兄弟子の中村八段から借用することになりそうだ。米長夫人には挑戦者決定戦の前に挨拶に行ったという。
なお杉本は落合博満(元プロ野球選手、現評論家)に関連する著書を一通り読んだという。「オレ流」の哲学でプロ野球の選手として監督として偉大な実績を挙げた落合に、独特の振り飛車を探求する杉本は共感を覚えているようだ。〈将棋特集:つづく〉


