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棋聖・藤井聡太22歳に挑む“遅咲き33歳”「永瀬拓矢に気迫の逆転」「落合博満の著書を読破」“米長邦雄最後の弟子”杉本和陽とは何者か
posted2025/05/11 06:00

棋聖戦で八大タイトル初の挑戦を決めた杉本和陽六段。藤井聡太七冠との戦いはどうなるか
text by

田丸昇Noboru Tamaru
photograph by
Sankei Shimbun/Nanae Suzuki
ヒューリック杯第96期棋聖戦五番勝負は、藤井聡太棋聖(22=竜王・名人・王位・王座・棋王・王将を合わせて七冠)に杉本和陽(かずお)六段(33)が挑戦することになった。棋士9年目でタイトル戦に初登場する杉本の棋歴や素顔、藤井棋聖に臨む心境などを、田丸昇九段が紹介する(棋士の段位・称号は当時のもの。初出以外は省略)。
有利だった永瀬の指し手が乱れるほどの気迫
ヒューリック杯第96期棋聖戦の挑戦者決定戦は4月25日、永瀬拓矢九段(32)と杉本五段で争われた。永瀬は今期名人戦で藤井名人と戦っているプロ棋界ナンバー3の実力者。杉本は順位戦で最下級のC級2組に在籍。常識的に見て冬の王将戦、春の名人戦に次いで夏の棋聖戦も、藤井ー永瀬のトリプルマッチが実現するものと目されていた。
杉本は振り飛車を得意にしている。本局は三間飛車に振ると、穴熊の堅陣に玉を囲った。居飛車の永瀬も穴熊に玉を囲った。杉本は研究範囲なのか短時間で、守りの金を中段に進める積極策を採った。ただ金銀の形が上ずった局面で、永瀬が5筋の歩を突き捨てる軽手を見落とした。その結果、銀損する結果となった。
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中盤で永瀬の穴熊は金銀5枚の守り。一方の杉本の穴熊は金銀2枚。玉の守りの堅さだけでなく、総合的に見て永瀬が有利だった。杉本は自陣の金を捨てて敵陣に迫った。その気迫に押されたのか、永瀬の指し手が少し乱れた。杉本は攻めながら自玉の守りを補強し、銀3枚の穴熊囲いとなった。やがて永瀬に悪手が出て形勢はもつれた。激闘を象徴するように、双方の駒が3筋にタテ一直線に並ぶ、部分局面の第1図の「駒柱」が生じた(※外部サイトでご覧の方は関連記事からご覧になれます)。
それにしても自玉を守りながら、細かい攻めをつなげた杉本の指し方は見事だった。最後は竜を捨てて後手玉を即詰みに討ち取り、165手で勝った。さすがの永瀬も杉本の独特の勝負術に屈した。
藤井に挑戦…筆者と同じ一門だが40歳近い年齢差
杉本六段(永瀬に勝って同日付で昇段)は終局後の記者会見で、タイトル初挑戦の心境を次のように語った。
「8年前に棋士になったとき、自分がタイトル戦に出ることは想像できませんでした。身近に感じられない現状があったので、ちょっと信じられません。腐らずにやってきてよかったです。本局は泥臭く粘って逆転勝ちできました。それが自分の持ち味です。五番勝負に向けては、失うものは何もないという思いです」
杉本は現実をまだ認識できないようで、表情をこわばらせながら喜びを語った。
絶対王者・藤井棋聖への挑戦者となった杉本とは誰なのか――と思う人は多いだろう。