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「私もトルコ戦で間違った」日本代表元監督トルシエが指摘“日韓W杯から同じ課題”とは「モリヤスに弱点はあるが…容認してすべてを任すべき」
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田村修一Shuichi Tamura
photograph byJFA/AFLO
posted2025/04/13 17:02
森保一監督の日本代表におけるチーム作りは広く知られつつある。そこで本番のW杯で結果を出せるか否かに、トルシエは注目している
監督は絶対的に必要だ。そして森保は、自分の仕事をしっかりとこなしている。ただそのマネジメントは、選手の考えを取り入れるやり方だ。それがうまく機能したから、カタールW杯では素晴らしいパフォーマンスを発揮できたし、26年W杯予選も世界最速で突破することができた。次のW杯でも、準々決勝進出という目標に向けて問題なく機能するだろう」
――しかし、それだけでは足りない。
「日本サッカーを理解し、外部から客観的に見ている私からすると、日本人選手は常にガイドやリーダーを必要としているように思える。戦略やシステムを明確に提示し、チーム内に競争を作り出し選手にポジティブなプレッシャーを与えられるリーダーだ。残念ながら森保は、そのタイプではない」
“全員参加型”のマネジメントに持つ懸念とは
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――日本がW杯で準決勝や決勝に進むには、選手やチームを導くガイドが必要ということでしょうか。
「いや、これは結果を得るための議論ではない。日本人選手のことはよく知っているが、彼らは責任を与えられると集中力を欠いてしまう。それぞれが責任を感じているのは間違いないが、状況を客観視させてくれるガイドは必要だ。決断を下すのは選手ではない」
――それは監督やコーチであるのですね。
「そうだ。私が思い描くのは指導者の誰かだ。日本はリーダーが厳然と存在する国ではない。コレクティブであることが日本の原理であって、リーダーに率いられている国ではない。サポーターもメディアもリーダーの出現を望んではいるが、日本にリーダーが現れることはない。リーダーであっても、それは合意の上に過ぎない。強い力を持つリーダーを日本人は容認しない。チームがリーダーだ。
私がリーダーと言うとき、トップレベルの選手のマネジメントができるコーチのことだ。彼らにチームの哲学、プレー哲学を課すことができる人物だ。しかし現状では、日本のマネジメントは全員参加型だ。このリーダーが森保だ。
だがこのやり方では、選手は本物のリーダーにはなれない。意見の主張はできても、自分たちで何かを決めることもできない。彼らに代わってエネルギーをひとつにまとめあげられる人物が必要だ。
いつかこの問題を解決しなければならない日が必ずやって来る。次なる高みに到達するために」
ルイス・エンリケの中に森保的要素はない
――それが日本代表と日本サッカーの次の段階になるのですね。

