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ヤクルト青木宣親が、じつは尾崎世界観に明かしていた“引退のこと”「青木さんが引退するとき、一体自分はどうなってしまうのだろう…」 

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青木宣親×尾崎世界観

青木宣親×尾崎世界観Norichika Aaoki & Sekaikan Ozaki

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photograph byMiki Fukano

posted2024/10/01 11:13

ヤクルト青木宣親が、じつは尾崎世界観に明かしていた“引退のこと”「青木さんが引退するとき、一体自分はどうなってしまうのだろう…」<Number Web> photograph by Miki Fukano

今季限りでの現役引退を発表した青木宣親。著書『青木世界観』の中で、親交の深いミュージシャン尾崎世界観に“引退”について明かしていた

野茂さんのお尻の大きさにびっくり

 球場のすぐそばにあった砂浜でランニングしていた野茂(英雄)さんの後ろをくっついて、一緒に走ったりしました。野茂さんはその頃すでにスーパースターでしたけど、それくらい近寄れてしまうのどかな雰囲気で。野茂さんがうちの近所のスーパーに来た時なんかは、噂が一瞬で広まって大急ぎで友達と駆けつけたなあ。ユニフォーム姿を球場で見るのとスーパーで会うのは全然違って、野茂さんがもの凄く大きく見えたんです。特にお尻の大きさにびっくりしたことを鮮明に覚えています。

 宮崎市内までジャイアンツのキャンプも見に行きました。当時は松井さんもいたし、吉村(禎章)さんも見たなあ。小さいバットに岡崎(郁)さんのサインが書いてあるグッズを買った記憶があります。宮崎が恵まれているのは、そうやって実際に選手たちを見られる機会があるということですね。

 小学6年生の頃、宮崎市内で名球会メンバーと日本で活躍した外国人選手のチームが対戦する試合があったんです。野球教室も一緒に行われていて、その時、宮崎県でベスト8に入った少年野球のチームが招待されたんです。僕らは県大会で優勝していたので参加することができました。実はその時、僕らのチームを担当してくれたのが若松さんなんです。巨人にいた(ルイス・)サンチェと一緒にね。

若松監督との“凄い縁”

 僕はピッチャーだったのでサンチェがピッチングを、若松さんはバッティングを見てくれたんです。若松さんは「いいねえ、いいねえ」って。そう言ってくれたのを覚えています。若松さんぽいでしょ? 写真が残っているんですよ。僕が打っているところと、それを見ている後ろ姿の若松さん。それがプロに入って最初の監督として出会うわけですから、本当に縁があったんだなとつくづく思います。名球会にも自分が入っているなんてね。凄い縁ですよね。

 そういう感じでプロ野球のキャンプは凄く身近に感じることができたんですけど、実は公式戦は見たことがなかった。初めて実際の試合を見に行ったのは、高校3年生で早稲田のセレクションを受けに行った時でした。ちょうどやっていたのが東京ドームの日本ハム対オリックス戦。オリックスにはまだイチローさんがいたんです。ライト前ヒットを打っていたのを覚えています。守備では、ランナー二塁でフェンス際のフライを捕って、サードにダイレクト送球。三塁手が落としたからセーフになったんですけど、タイミングは余裕でアウトでした。ちょうど三塁側のダグアウトの後ろの方の席で見ていたので、ボールがこっちに来るような感じで見えて、それはもう驚きました。こんなに肩が強いのか、ってね。

 プロ野球選手になりたいと思ったのはいつ頃からなんだろう。中学、高校の時はそんな夢も語っていなかったくらい、ただ野球をやっているだけでした。37年間野球をやってきて、中高時代は一番熱量がなかったかもしれない。本当に普通の学生でした。はっきりと現実的な目標として意識したのは、やはり大学に入ってからです。1年生の頃はあまりにキツくて野球を辞めたいなと思ったこともありました。本気で努力し始めた時だったので、自分の理想とのギャップが大きかったんでしょう。本当の意味で頑張ること、努力することを今までしてなかったわけだから。

【次ページ】 「嬉しいな」と感じる瞬間

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