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65億円移籍のロシアで“ハブられ”、屈辱のW杯も…「日本に感謝だ。引退したら旅行したい」“今は6児の父”暴れん坊FWフッキ38歳が語るワケ
posted2024/09/23 11:05
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph by
Hiroaki Sawada
Jリーグでキャリアの土台を築いた男は、ポルトガルの名門ポルトで4シーズンに渡って活躍し、世界トップクラスのストライカーへ成長を遂げた。しかしその後所属したロシアの地では、意外な居心地の悪さを感じていたのだという――。
移籍金65億円で渡ったロシアの地で疎まれた
――この頃、欧州ビッグクラブからオファーが殺到したのでは?
「それが、自分ではわからないんだ。当時の代理人が何も教えてくれなかった」
――イングランド、スペイン、イタリアなどのビッグクラブでプレーしたい気持ちもあったのでは?
「もちろん、そういう思いはあった。でも、フットボールの世界では常に自分の気持ちを押し通せるわけではない。少々、複雑なんだ」
――結局、2012年9月、ロシアリーグの強豪ゼニトへ推定移籍金4000万ユーロ(約65億円)で移籍します。ゼニトでは、当初、居心地の悪さを感じたそうですね。
「僕がチーム随一の高給取りだったことから、リーダー格のロシア人選手から疎まれたんだ。要するに、ボイコットだな。僕に会っても挨拶すらしない。試合中にパスをくれない。僕がゴールを決めても、誰も喜ばない。ひどいものだった」
――対戦相手のサポーターから人種差別的な罵声を浴びた、とも報じられた。
「アウェーゲームでは、聞くに堪えない野次を浴びせられた。のみならず、ゼニトのサポーターからも『我々のクラブに黒人選手なんかいらない』という声を聞いた。これは、本当に悲しかった」
――そのような状況がずっと続いたのですか?
「1年以上はね。さすがに我慢できなくなったから、2シーズン目に入った頃、チームリーダーたちに向かって、『僕はチームの勝利のために全身全霊を傾けてプレーしている。チームというものは、勝つときも負ける時もみんな一緒だ。違うかい?』と問いかけた。彼らと腹を割って話し合った結果、僕が自分のためでなくチームの勝利のためにプレーしていることが理解してもらえ、心が通い始めた。サポーターも、僕のことを応援してくれるようになった。その後は、状況が劇的に好転した」
ブラジルW杯、1-7の大敗時には…
――ゼニトでも、コンスタントにゴールをあげた。そして、セレソンでも母国開催の2014年W杯に招集された。