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4番の仕事とは? 巨人・岡本和真の打席を見て思い出す「伝説の10.8決戦」の4番・落合博満…エース今中に呟いた「オレはアイツの真っ直ぐは打てん!」
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byJIJI PRESS
posted2024/06/20 11:03
1994年の「10.8決戦」。2回表無死、右中間へホームランを放つ巨人の4番・落合博満
10月8日、試合当日の練習での出来事だ。
中日のベンチで巨人の練習をずっと観ていた中村を見つけると、落合は一塁側にやって来てベンチ前の金網にスッと腰を下して呟いた。
「今日は今中だなあ……アイツ、本当にすごいピッチャーだよ。あのカーブがあって真っ直ぐが来たら、オレはアイツの真っ直ぐは打てん!」
それだけ言い残して立ち上がると、一塁ベースの方に歩いて行ってしまった。
これにはもう1つ伏線があった。
フリーエージェントの権利を行使して中日から巨人に移籍した前年オフ、中日の納会に出席した落合は、今中には「お前の打席に立ったらカーブしか狙わん」とボソッと呟いていたのだ。
もちろん今中にカーブを投げさせようとか、中村に真っ直ぐのサインを出させようということではない。バッテリーの心に揺さぶりをかけたのである。そういう心の揺らぎが、どこかで投球に迷いを生み、そこにスキが生まれる。今中を打ち崩すことが、困難なことをわかっている。だからこそそういう手段を使ってでも、この試合に全てを懸けた。
それも「4番の仕事」の1つだった。
2回に「打てない」と中村に言ったストレートを狙い打って右翼に先制本塁打。2対2の同点に追いつかれた3回の打席では、1死二塁から再びインコースのストレートを詰まりながら右前に落とす適時打を放った。このタイムリーで勝ち越した巨人は、結局、最後まで中日に追いつかれることなく6対3で逃げ切ることになる。
「ここさえ抑えれば勝てる、という場面が試合にはあって、いつもは6回か7回くらいに(そういう場面が)くるのが、あの試合は3回だった」
後に今中がこう振り返ったように、勝負の行方を分けた一打はここにあった。
そういう一打を放つ。それが究極の「4番の仕事」なのである。
今季の岡本に対する阿部監督の我慢
そこで岡本だ。
6月15日の日本ハム戦。両軍無得点の9回に放った決勝2ランは、まさに「4番の仕事」と言えるものだった。好投してきた日本ハムの金村尚真投手の初球、148kmの真っ直ぐを1球で仕留めた。