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「ふざけるな!このボケッ」前田日明がブチギレ“伝説の控え室ボコボコ事件”…“被害者”坂田亘に負けた男が証言「じつはあの試合で大ケガしていた」 

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細田昌志

細田昌志Masashi Hosoda

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posted2024/04/21 11:03

「ふざけるな!このボケッ」前田日明がブチギレ“伝説の控え室ボコボコ事件”…“被害者”坂田亘に負けた男が証言「じつはあの試合で大ケガしていた」<Number Web> photograph by AFLO

元プロレスラー坂田亘。前田日明“伝説の控え室ボコボコ事件”の被害者

 舞台は5月20日の鹿児島アリーナ大会である。鶴巻にとっては雪辱戦に違いないが、坂田にとっても、いわくつきの一戦となった。というのも、デビュー戦で鶴巻相手に判定勝ちを収めた坂田亘は、次戦で藤原組の田中稔に腕十字固めで一本勝ち、さらに、同じく藤原組の小野武志にもやはり腕十字固めで一本勝ちを収めるなど快調に白星を重ねていた。そこで、デビュー戦に勝利を飾った鶴巻と、あえて再戦が組まれたのは、次の理由があったと鶴巻は振り返る。

「前田(日明)さんの意向だったようです。前の年の彼のデビュー戦で、僕の方が先に先に仕掛けていって、彼が後手後手に回った。それでもダウンのポイントで彼が判定勝ちを収めたでしょう。前田さんはこれが不満だったみたいで、弟子の坂田選手に『もう一回やれ』って命じたらしい。でも、僕もオランダで自信をつけていましたから、噛ませ犬になるつもりは毛頭なかったし、何ならリベンジしようと思っていました」

左膝が「バリバリバリッ」

 1995年5月20日、リングス鹿児島アリーナ大会は満員の観客で膨れ上がった。実はこの大会は、鹿児島に住むファンが「鹿児島でリングスの大会を」という署名運動を行って、実現にこぎつけたファン主導の大会だったのだ。その記念すべき大会の第1試合でなければ、試合後、ああいった事態は起きなかったかもしれない。

 試合開始のゴングが鳴った。双方ローキックを交換し合い、寝技にいきながら軽くしのぐという静かな立ち上がりとなった。それが5分が過ぎた頃、袈裟固めのような体勢で鶴巻が上になったときである。

「バリバリバリッ」

 一瞬何の音かわからなかったが、すぐに、自分の左膝が鳴ったと気付いた。

「最初は痛くも何ともないんですよ。ただ、違和感があっただけ。それでスタンドの状態に戻って、軽くローキックを打ってみたら、膝が抜ける感覚がした。『何だ、これ』って思ったら、徐々に痛みが湧いてくる。後でわかったことなんだけど、この時点で靱帯が断裂していたんです」

【次ページ】 時間切れ引き分けだった

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