「藤田平が悪いわけじゃないんやで。現役時代に教えられてないんや。阪神にはチームプレーが全く浸透していなかった。昔から、ほとんどの選手が個人成績ばかり考えていた。優勝できないから、給料を上げるためにはそうするしかない。相手のエースが出てくるとわかったら『今日は熱があるから投げられません』なんて言うピッチャーもおったから。そんなの許したら、チームはガタガタになるやん」

　95年オフ、“鬼平”藤田平は代行から正式な監督に昇格した。その直後、球団社長が三宅に告げた。

「すまんけど、来季はチーフの肩書きが外れるわ。悪いけど、ちょっと聞いたってくれ。このわがままはホンマしょうもないわ」

　ダブルスチールに関する指摘に怒り心頭の藤田は三宅を先乗りスコアラーへ格下げした。

「相当、楽になって良かったよ（笑）。チーフを外れたら、こんなに違うんかって思うたもん。社長には『いいですよ、ワシちょっと先乗りしたかったんや』って言ったな。経験なかったし、いい勉強になったよ」

「ノムさんなら変えてくれる」。しかし…

　96年、阪神は開幕から最下位を独走。藤田平はシーズン終盤に解任され、翌年からは85年の日本一監督である吉田義男が復帰するも5位、6位と暗黒期を抜け出せなかった。

「監督もコーチも2、3年ですぐ代わるし、指導者によって言うことが全然違うから、野球の軸ができないんや。個人の能力に頼るばかりで、自ら進塁打を打つような献身的な選手はいなかった。阪神の伝統は歌だけやった。六甲おろしだけ（笑）。だから、ミーティングで人間教育から始め、チームプレーを重視する野村さんを招いたのは大きかったんよ。個人主義の生え抜きが監督では変わらなかったと思う」

1975〜77、85〜87、97〜98年の3期にわたって阪神監督を務めた吉田義男 ©Makoto Kenmizaki

　野村は疑問に明確に答えてくれた。頭の片隅から離れない藤田平の“決まりのないダブルスチール”について聞くと、「初めに監督が教えてやらないかん。だから、お前のところはいつまで経ってもダメなんや」と笑った。

「野村さんは『ワシはダブルスチールのサインをあまり出さんな。2人とも足が速ければ考えるけど』と言ってたな。『一、三塁で十分勝負になる。一塁に走者がおれば、一二塁間が広くなるから作戦の選択肢も増えるやろ』と話していた」

　“ダメ虎”と言われた阪神をノムさんなら変えてくれる――。球団関係者もファンもそう確信していた。

〈つづく〉