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「梅野隆太郎第6戦ベンチ入り」のナゾを追う…阪神・岡田彰布監督が描いた“幻の秘策”とは?「スパイク、準備しといてくれよ」《日本シリーズ秘話》
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/11/09 17:02
第6戦から「まさかの」ベンチ入りとなった梅野隆太郎捕手。岡田彰布監督の狙いはどこにあったのだろうか?
だが、代打糸原健斗の二遊間を抜けそうなゴロは紅林弘太郎に好捕され、出塁できなかった。岡田がひそかに温めた「代走梅野」の「秘策」は幻となり、ついに出番は訪れなかった。それでも、梅野には、すがすがしさが残った。リハビリ中、なかなか左手首が回復せずに抱いていたわだかまりは、いつの間にか消えていた。
「自分にしか分からない思いがあります。今年はプレーでも苦しんだし、骨折もして何をしてもダメな年だとも思いました。でも、ケガをしたからこそ見える景色がありました。今まで見えていなかったところが見えるようになりました」
第5戦の練習時に梅野が才木にかけた「言葉」
最後に日本シリーズで目についた梅野の動きに触れたい。
第5戦の練習時は、前日の第4戦に先発した才木浩人のランニングで並走しながら、前夜の投球について話し合っていた。才木は5回1失点だったが、球が上ずり、95球を費やしていた。
「投球で困った時、どれだけ引き出しを持っているかが大事になる」
快速球が自慢で、まだ伸びざかりの好投手への温かいまなざしがそこにあった。
32歳になった。気づけば、ルーキーだった14年の日本シリーズでともにプレーした仲間は誰もいなくなり、野手で唯一の日本シリーズ経験者だった。チームの最年長野手は、若い主力が育ってきたなか、自分のできることに徹した。2023年の日本シリーズは出場機会ゼロ。梅野の名前は記録に残らない。それでも、チームを支える存在であり続けた。
「この日本シリーズで1試合、1点を取る重みを感じました。相手も同じ気持ちで戦っている。たった1球で逆転されることもあるわけだし、勝負は最後まで分かりませんよね」
あの激闘から2日後、梅野はリハビリを開始した。来年はプロ11年目になる。巻き返しに向けて、静かにスタートを切った。