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「梅野隆太郎第6戦ベンチ入り」のナゾを追う…阪神・岡田彰布監督が描いた“幻の秘策”とは?「スパイク、準備しといてくれよ」《日本シリーズ秘話》
posted2023/11/09 17:02
text by
酒井俊作Shunsaku Sakai
photograph by
Kiichi Matsumoto
京セラドーム大阪で阪神タイガースの日本一の瞬間を見届けた。
オリックスとの日本シリーズの全7試合に密着し、手に汗握る戦いを十分に堪能したはずなのに、なんとなく寂しい。お祭りが終わった後のような感覚である。しばし、考え、腑に落ちた。岡田彰布と中嶋聡が繰り広げた名勝負をまだ見たかったのだ。
そのことがちょっとした寂寥感になっていた。それほど、「岡田マジック」と「ナカジマジック」の応酬は熱を帯び、スリルに満ちた頭脳戦になった。
とりわけ、岡田が披露した采配は絶妙なアクセントになっていた。ヘッドコーチの平田勝男は言う。「監督は脚本家、演出家だよ」。そのタクトに乗ってナインが躍動した。佐藤輝明の奇襲二盗、湯浅京己の1球、青柳晃洋の第7戦先発……。日本シリーズ中、さまざまな策を繰り出しては、ファンを沸かせ、日本一への流れを作ってきた。だが、名将の思考は、常人には及びもつかないほど深遠である。実は「秘策」がまだあったというのだから、驚くしかない。
第5戦の後、岡田監督が梅野にかけた言葉
梅野隆太郎が思わず耳を疑ったのは日本シリーズ第5戦の試合後である。
森下翔太による失策と決勝打で劇的に逆転勝ちした夜、甲子園のクラブハウスで、チームスタッフとともにナインを出迎えていた。喜びを分かち合い、やがて、監督の岡田彰布がやってきた。ハイタッチを交わすと思いがけない言葉を掛けられた。
「スパイク、準備しといてくれよ。お前、次、代走いくぞ」
阪神はオリックスと激闘が続いた末、3勝2敗に持ち込み、ようやく日本一に王手をかけていた。まさに天下分け目の戦いを迎える第6戦から、岡田は梅野をベンチ入りメンバーに入れたのだ。それは梅野自身だけでなく、周囲にとっても驚きであり、ネット上でも話題になった。
大きな謎だったのだが、結局のところ長年、チームを支えてきた功労者への「情」なのだろうという誰もが思いつきそうな考えで落ち着いていた。