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「実はめちゃくちゃ怒っていたんです」高橋藍(22歳)が語る“どん底→歓喜の涙”男子バレー激闘の9日間「この景色を藤井さんに見せられてよかった」
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/10/14 11:04
パリ五輪の出場権獲得に貢献したバレーボール日本代表・高橋藍。「日本であれだけの観客の前でやるのは初めてだったから、嬉しかった」と振り返った
笑顔がこぼれる中、高橋はコートの中央でうずくまり、泣いていた。
「やっぱりしんどかったです。この大会自体もそうですけど、ここまで来るためにたくさんの犠牲を払ってきた。イタリアへ行って、家族や友達にも会えない。大げさじゃなく、人生をかけてここまできた。勝って、解放された瞬間に、そういういろんな思いや感情が溢れてきました」
涙が止まらなかった理由はもう1つ。今年3月に他界した藤井直伸さんへの思いだ。
「藤井さんに会いたかった。でも、僕はイタリアにいて藤井さんの具合が悪いと聞いても、病気だと聞いても会いに行くことすらできなかった。最後のお別れもできなかったので……正直に言うと、僕はまだ藤井さんが亡くなった実感がないんです」
18歳で日本代表に選出され、最初の練習でトスを上げてくれたセッターが藤井だった。いつも明るくて、優しくて、ポジティブ。一緒に食べた焼肉も、肉の味よりも楽しかったことしか思い出せない。イタリアへ渡ってからも事あるごとに『試合見たよ、藍すげーな』と連絡をくれた。
「病気だってことすら忘れるぐらい、いつも明るいんです。だから僕も、大変な病気だというのはわかっていたけど、藤井さんなら大丈夫だ。奇跡が起きたんだな、と思っていたから、突然すぎて受け入れられなかった。僕だけじゃなくて、みんなが大好きで、うるさいぐらい元気で、強い人だった。だから、まだ全然実感がないけど、でも、藤井さんとずっと一緒に戦ってきた思いでいたから、この景色を藤井さんに見せられてよかったです」
新天地での挑戦も始まる
目に見えぬプレッシャーと、言葉にし難い特別な思いを抱き、すべてを出し尽くした9日間だった。
パリ五輪の出場権を手にした日本代表は解散。それぞれが新たなシーズンへ向けて走り出している。高橋も昨シーズンに続いて開幕からイタリアでのフルシーズンの戦いに挑むが、今季から同じセリエAのモンツァに移籍を決断した。新天地での挑戦が幕を開ける。
「日本が勝つために、強くなって帰ってくる。成長することがすべてなので、今シーズンもたくさんの壁にぶつかるかもしれないですけど、だからこそ自信を持つこともできる。オリンピックでメダルを獲るために、もう一段階成長して、信頼できる選手になって帰ってきます」
いかなる時もポジティブに。何度でも言い聞かせる。
俺はやれる。
誰より、自分自身がそう信じている。