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「プロジェクト・ハルカ」世界陸上金メダル・北口榛花が歩んだ“無名のチェコ人コーチ”との5年間「ハルカが一番になるって信じていた」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2023/09/05 17:05
世界陸上ブダペスト、女子やり投げで金メダルに輝いた北口榛花
2投目は61m 99、3投目は63mと少しずつ記録を伸ばし、3位につけてメダルは見えてきた。
勝負に出た4、5投目ではやりを右に向ける意識で投げるように指示を出したが、記録は伸びなかった。
「3投目以降、どんどん良くなっていたので、ほんの少し調整したらいけると思っていた」
もう少し右へ投げるように意識させた6投目。練習してきたすべてをぶつけた北口のやりは大きく弧を描き、金メダルをもぎとった。
チェコ人も北口の活躍を賞賛
「チェコはやり投げで多くの優秀な選手を輩出してきたが、今大会、女子は誰も決勝に進出できなかったのは、とても興味深いことだ。だからチェコ人はチェコで練習しているハルカの金メダルを応援していたと思う。彼女が踏み出す一歩を皆が後押ししていたはずだ」
チェコのオソバ記者はこう教えてくれた。北口がチェコで愛されるのには理由がある。
「3年前に初めて彼女に会った時、チェコ語をほとんど話せず、コーチとのやりとりも英語だった。チェコ語はアジアの人たちにとっては本当に難しい言語なので、今日チェコ語でテレビのインタビューに答えているのを見て、本当に驚いた」
北口の優勝に興奮したのは日本人記者だけではない。興奮気味のチェコ人記者は早口のチェコ語で北口に質問をたたみかけたが、北口はそれらを聞き取り、一つ一つ真摯に、そして流暢なチェコ語で答えていた。時折、笑いを交えながら。
「チェコの(ほぼ)無名のコーチと日本からきた北口が金メダルを掴んだ。これはチェコ人にとってもすばらしい物語だ。『プロジェクト・チェコ』って名づけたいくらいだ」
セケラックコーチとの出会いが北口の人生を変えたように、北口との出会いがセケラックコーチの人生も大きく変えた。
「やり投げコーチになった時、(指導している選手と)金メダルを取りたい、と思っていましたか」
セケラックコーチはその質問にハッとした表情をし、こう応じた。
「思いもしなかった」
北口とコーチの物語はまだ序盤だ。
「プロジェクト・ハルカ in チェコ」
ここから2人が、そして彼らの周囲の人たちが彼らにどう共鳴し、どんな物語を紡いでいくのだろうか。多くの笑いと笑顔で溢れる物語であることを願っている。