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「プロジェクト・ハルカ」世界陸上金メダル・北口榛花が歩んだ“無名のチェコ人コーチ”との5年間「ハルカが一番になるって信じていた」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2023/09/05 17:05
世界陸上ブダペスト、女子やり投げで金メダルに輝いた北口榛花
「チェコの中では(セケラック氏は)ジュニアコーチという位置付けだ。彼らの練習拠点も首都プラハから遠く離れたドイツに近い小さな街で、グループの存在そのものがほとんど知られていない。セケラック氏の指導する選手は今年はシニアでも優勝者を出したけれど、ほかはジュニアの選手が多い印象だ」
以前、北口に「なぜ憧れのシュポタコバ選手がいるチームや彼女を教えるコーチではなく、セケラックコーチに師事したのか」と尋ねたことがある。
北口の答えは明快だった。
「シニアの技術はまだ自分には早いと思った。まずジュニアとしての大事な基礎を教えてもらいたかった」
自らに必要な技術を教えられる指導者としてセケラックコーチを選んだ。地に足のついた聡明な選択だと思った。
コーチが北口を受け入れた「明るい性格」
「(世界ユースで)初めて会った時、ハルカはすごくエネルギーいっぱいの女の子だなと思った。ポジティブで笑顔で、いつもニコニコしていた。それは自分にとってとても重要なことだった」
日本から単身で乗り込んできた北口を受け入れた理由をコーチはそう説明する。
北口がコーチ不在で困っていること、世界ユースで優勝し、才能豊かな選手であることも分かっていた。
指導するほかの選手とうまくやっていけるのか。何もない小さな街で頑張っていけるのか。言葉や食事はどうするのか。そんな不安も頭をかすめたが「北口の明るい性格」にセケラックコーチは希望を託した。
「大丈夫、きっとうまくやっていける」と。
コーチの杞憂をよそに北口は持ち前の性格でチームに馴染んだ。いつもケラケラと笑い、すぐにムードメーカーのような存在になった。
難解と言われるチェコ語も努力を重ねて習得したほか「日本食がなくても平気」と出されたものを美味しく食べられる強みも生かした。
「ハルカが一番になるって信じていた」
北口は「チェコ料理が美味しいので、日本食がなくても大丈夫なんです」とケロリとしていた。