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「プロジェクト・ハルカ」世界陸上金メダル・北口榛花が歩んだ“無名のチェコ人コーチ”との5年間「ハルカが一番になるって信じていた」
posted2023/09/05 17:05
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph by
JIJI PRESS
5投目を終わって北口榛花は63mで3位。
逆転に向けて最終投擲に向かう。
北口がやりを持ち、助走路に歩を進めると、セケラックコーチは緊張した表情でコーチ席から立ち上がった。やりをぐるぐると3回ほど回したあと北口が助走準備に入ると、コーチは観客に手拍子を求める。
「もっともっと」
チェコ語で声を掛け、観客に北口への後押しをお願いする。助走路に立った北口も観客への拍手を求めた。
パン、パン、パン。
スタジアムが助走のテンポに合わせるように手拍子をする。
北口がリズムのいい助走で加速に乗りやりを放ち、「あーーーーーーーっ」と叫ぶ。ほぼ同時にセケラックコーチ、娘のモニカも「いけーーーーーーー」と絶叫した。
その声に押されるように、北口の放ったやりは美しい軌道を描いた。銀色のやりが、まるで流星のように漆黒の空に飛んでいった。
「いった」
助走路の後ろに座る観客全員がそう確信した。
「よしっ。やったぞ」
セケラックコーチが飛び上がり、ガッツポーズをする。
66m73。
コロンビアのフルタドの65m47を大きく上回るビッグスローで首位に立った。
後続選手の最終投擲が終わり、金メダルが決まると、北口は顔をくしゃくしゃにしてコーチのもとに駆け寄り、ハグをした。お互いにうっすらと涙が浮かんでいた。
出会ってから5年。念願の金メダルを掴み取った。
無名のジュニアコーチに師事した理由
やり投げの世界記録は男子はゼレズニー、女子は昨年引退したシュポタコバとそれぞれチェコ選手が持っている。チェコは自他共に認める「やり投げ王国」で当然ながら名将と呼ばれるコーチも多数存在するため、チェコ人や記者の間でも「数多くの名将がいる中で、なぜ北口はセケラックコーチに師事したのか」と疑問を持つ人は少なくない。
チェコ人記者のミカル・オソバ氏はこう説明する。