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甲子園の風BACK NUMBER
敗者が笑った甲子園伝説の決勝「なぜボールを見失った?」球史に残る“19分間の猛反撃”にのまれたプロ注目野手の悔い「14年前の映像は…まだ」
text by
沢井史Fumi Sawai
photograph byKYODO
posted2023/08/18 11:03
2009年夏の甲子園「プロ注目の打者」と期待を集めた中京大中京・河合完治。堂林翔太(広島)らと全国制覇を達成した
まだ点差は4点もあったが、“全国制覇まであと1球”という大きなプレッシャーがプロ注目の野手を狂わせたのだろうか。
捕手と声を掛け合っているように見えた河合はボールを完全に見失った。ボールが落ちたのは、河合のかなり後方だった。まさかの事態に悲鳴と歓声が入り混じった。
「単純に打球が見えなかったんです。あたふたしていたというか……。でも(今、考えたら)焦る場面じゃなかったんですよね」
捕球できなかった河合はこわばっていた。そして河合だけでなく、中京大中京の内野陣から平常心を奪っていく。
「普段なら、ああいうミスをしてしまった場面だったら(内野手同士で)“大丈夫”、“気にするな”とか、お互いに声を掛け合っていたのに、あの時は何もしていなかったんです。普段ならできていた声掛けが、今思うとできていなかったですね」
忘れられない“伊藤コール”
一塁側の日本文理スタンドの盛り上がる姿は記憶にない。バッターに集中していたからだ。だが、耳に入るさまざまな音が侵入してきた。
直後、吉田を死球で歩かせた堂林は降板。再びマウンドを託された2年生の森本隼平は次打者に四球を与えて満塁のピンチをまねいた。すると、会場はさらに異様な空気に包まれた。しかもバッターボックスには、この大会で“孤軍奮投”してきたエース伊藤が立った。
「直輝への“伊藤コール”があったじゃないですか。あれはハッキリ聞こえたんです。直輝がタイムリーを打った後に、(代打の)石塚(雅俊)君が初球をレフト前に打った時、ウチのレフト(伊藤隆比古)が少しポロっとしたんですけど、あの時の歓声も覚えています。自分はもう、冷静さがなかったですね。1球の怖さを痛感しました。怖いだけで済むなら良かったですけれど……」