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「正直、ダルさんの後に行くのはヤバいなと」阪神の守護神・湯浅京己が明かすWBC決勝での”密命” 憧れのダルビッシュから受けた影響とは?
posted2023/06/05 17:00
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Kiichi Matsumoto
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物語には筋書きがある。「シンデレラストーリー」と評される湯浅京己も、自らの手でその筋立てを描き、歩んできた。
1年前に今の自分の立場を想像できていた? そう問われた23歳は、切れ長の目に強気の光を宿し、こう口にした。
「想像できたか、と言われるとできていないですけど……。でもジャパンに入るということは、去年のキャンプの時点から心に決めていたし、身近な人にはずっと言い続けていました。あの時点で自分には何の実績もなかったですけどね。1年後にWBCがあるのは分かっていたし、そこに向かって頑張るんだって。“夢”ではなく、一つの“目標”であり“通過点”として、自分の中で持ち続けていました」
グラブ担当者に伝えた”筋書き”
2022年シーズンの開幕前、湯浅はまだ海の物とも山の物ともつかない存在だった。独立リーグ・富山GRNサンダーバーズから'19年にドラフト6位で阪神に入団して4年目。この間、公式戦の登板は3試合だけ。腰椎の疲労骨折や右足の肉離れなど、度重なる故障との戦いが続いていた。
いくら20代前半と言っても、背水の状況に少しくらい悲愴感が漂ってもおかしくはない。ところが若き右腕は、自分の可能性を疑わなかった。初めて一軍で迎えたシーズン開幕を前に、湯浅はスポーツメーカーのグラブ担当者にこう伝えたという。
「オールスター用のグラブを作っておいてください」
その筋書きは、鮮やかな色彩を加えて膨らんでいく。4月6日のDeNA戦でプロ初ホールドを記録すると、同13日の中日戦から、17試合連続で無失点に抑えるなどセットアッパーの地位を確立。特注グラブを携えて、堂々と7月のオールスターゲームに出場を果たした。
150kmを超えるストレートと切れ味鋭いフォークを武器に後半戦も好調を維持し、シーズンが終わってみれば登板59試合で43ホールド。セ・リーグの最優秀中継ぎ賞を獲得し、掲げていた日本代表入りも手中に収めてみせたのだ。
「自分の中で“夢”はもっと大きなものがある。それを叶えるために一つ一つの“目標”があって、達成していくことで夢はさらに大きくなっていくと思うんです。有言実行といっても(大勢の)人にはあまり言わないですけど、家族とか近しい人には今までも口に出してきました」
目標の先にある大きな夢に続く筋書きはまだ、胸の内にある?