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83歳の中西太が奏でた“忘れられないスイング音”…怪童と呼ばれた大打者の知られざる伝説「バットを構えると、とたんに変身してしまう」

posted2023/05/23 11:01

 
83歳の中西太が奏でた“忘れられないスイング音”…怪童と呼ばれた大打者の知られざる伝説「バットを構えると、とたんに変身してしまう」<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

現役引退後の中西太(1971年撮影)。数々の伝説を残した「怪童」は、指導者としても多くの強打者を育て上げた名伯楽だった

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安藤嘉浩

安藤嘉浩Yoshihiro Ando

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BUNGEISHUNJU

 プロ野球西鉄ライオンズの黄金期を支え、「怪童」と呼ばれた中西太さんが、90歳で亡くなった。野球を愛し、野球界に恩返しを続けた生涯だった。

空気を切り裂いた中西太83歳のスイング

「中西の打球はね、焦げ臭いという風評があったでしょ」

 豪快だが、温かみのあるご本人の声が、録音データに残っている。

「わしらのころは物を大事にしたからね。動物の脂でバットは磨いて、磨いて。わしの打球には、魂が入っとったんだよ」

 2015年6月の録音だから、中西さんは82歳。朝日新聞の記者として、生誕100年を迎える夏の全国高校野球選手権大会の思い出を聞こうと、ご自宅を訪問した時だった。

 1950年代に大活躍した中西さんの現役時代を、1965年生まれのぼくは、もちろん知らない。ただ、数々の伝説は耳にしている。

 もっとも有名なのは、1953年8月29日に平和台球場(福岡市)で放った推定飛距離160mの大ホームランだろう。相手投手がジャンプするほどのライナー性の当たりがグングン伸びてバックスクリーンを越え、球場外に消えたという。

 NPO法人「西鉄ライオンズ研究会」のメンバーと一緒に、球場があった舞鶴公園を歩いたことがある。「中西さんの伝説の本塁打は、この辺まで飛んだらしい」と教わり、「ひえー」と驚嘆したものだ。

 83歳の中西さんのバットスイングを目の当たりにした経験もある。ある講演会に同行したときだ。「ここにバットがあるんですが」という司会者の無茶ぶりに応じて、スイングを披露した。

 ブンッ! ブンッ!

  空気を切り裂くような重低音とともに、地面まで震えたような気がした。

 年齢相応に普段の足取りは、ゆったりペースになっていたが、バットを構えると、とたんに「怪童」に変身してしまう。あのスイング音は、忘れられない記憶になっている。

 身長174cm、体重93kg。当時としては巨漢で、ずんぐりした体型だった。本塁打王を5度、首位打者を2度、打点王を3度獲得した。

 豪快なバッティングばかりが注目されるが、実は足も速く、三塁手としての守りも軽快だった。プロ2年目の1953年には、打率3割1分4厘、36本塁打、36盗塁で、いわゆる「トリプルスリー」を達成している。

 高校時代に甲子園球場で放った2本の本塁打も、ランニング本塁打だった。

「こう見えて、わりと健脚だったからね」

 そう笑っていた。

【次ページ】 「あれは、お詫びの行脚だった」名伯楽誕生の真相

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