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「雪合戦は人を狂わせる」当たると痛いギリギリの“凶器” 雪合戦世界一の大会でショック…激減した競技人口「ピーク時の半数以下に…」 

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中村計

中村計Kei Nakamura

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posted2023/04/07 17:45

「雪合戦は人を狂わせる」当たると痛いギリギリの“凶器” 雪合戦世界一の大会でショック…激減した競技人口「ピーク時の半数以下に…」<Number Web>

4年ぶりに開催された「昭和新山国際雪合戦」。事実上、雪合戦の世界一を争う

 私が雪合戦から離れ、今年でちょうど10年になる。決別を決断した理由は「好き過ぎた」からだ。そして、身勝手を承知であえて言わせてもらえば、それだけに絶望が深かった。雪合戦はイベントとして、エンターテインメントとして、競技として、計り知れないポテンシャルを秘めていた。少なくとも、私はそう信じていた。なのに、もどかしいほどに、成長は遅々としていた。ともすれば、停滞していた。いったん、走るところまで走ろうと決めた私は、そのペースに耐えられなかったのだ。

 雪合戦界も例にもれず、新型コロナの災禍に見舞われた。2020年、2021年、2022年と、3年連続で昭和新山の開催は見送られた。

 私はこの冬、10年ぶりに昭和新山を訪れた。実に4年ぶりとなる大会が、どんなものになるのか。それを見届けたかったのだ。いや、その言い方は、ただ自分を取り繕っているだけのような気もする。本音は、雪合戦への単なる未練だったのかもしれない。

 この10年、雪合戦は鍵付きの箱にしまっていただけで、捨てたわけではなかった。そして、それを取り出す機会を、無意識のうちにどこかで求めてもいた。

変わり果てた雪合戦界

 いずれにせよ、昭和新山にたどり着くまで、私の心はいつになく弾んでいた。10年ぶりに雪合戦界の最高レベルの戦いを観られることが楽しみでならなかった。

 しかし、私が目にした最高峰の舞台の姿は、有り体に言えば、変わり果てていた。

 昭和新山国際雪合戦のシンボルであり、雪合戦プレーヤーの夢と言えば、センターコートだった。昭和新山をバックに設営される決勝専用のコートだ。ところが今年、そのセンターコートがなくなっていた。

 私が『雪合戦マガジン』を作りたいと話したとき、真っ先に協力を申し出てくれた壮瞥町役場の職員で、現在は大会実行委員会の統括補佐を務める庵(いおり)匡は、あの頃とは打って変わり、疲れ切った様子で話す。

「今大会はスポンサーの協賛金が集まらないだろうなという前提で、大会をコンパクトにせざるを得なかった。どこも、コロナで大変でしたからね……」

 庵の口ぶりから、3年間の苦労が偲ばれた。

「ピーク時の半数以下に…」激減した参加チーム

 昭和新山の開会式と言えば、センターコートの前で開会が宣言されると、派手に花火が打ち上げられ、『ブラッキーのテーマ』と呼ばれる勇壮なテーマ曲が鳴り響くのが恒例だった。そこで私はいつも一段階、テンションが上がったものだ。昭和新山に来たのだ、と。だが、今年は花火も音楽もなかった。

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