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「もし小林陵侑が飛んでいたら…」打ち切られた“幻の3回目”の真実「日本の関係者全員が『できただろう』と…」船木和喜が感じた“小林の心の叫び”
posted2026/02/23 17:01
スーパーチームで3回目のジャンプを飛ぶことができなかった小林陵侑
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Tsutomu Kishimoto/JMPA
長野五輪のラージヒルと団体で金メダル、ノーマルヒルで銀メダルを獲得し、現在も現役ジャンパーとして活動する船木和喜が、ミラノ五輪スキージャンプを解説する。【全3回の2回目】
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小林陵侑の言葉は「強がりではない」
ノルディックスキー・ジャンプの最終種目、「スーパーチーム」は最後の3回目が進行し、残り3名となったところで打ち切りが発表された。
同時に、2回目までの結果が反映されることとなった。その時点で日本は6位。そのままの順位で終わった。
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打ち切りになる直前、日本は暫定2位にいた。表彰台圏内にいたのに、打ち切りになったから、残り3名の一人だった小林陵侑は言った。
「悔しいですよ。飛びたかったです」
「気象レーダーを見れば、絶対に5分後に(雪は)やむと分かっていたのに」
船木和喜は、その言葉は「強がりではない」と言い切り、2つの思いが込められていたのではないかという。
「体が冷えると、やっぱり動かなくなる」
船木は、打ち切りになった要因の一つとして、飛ぶまでに長い時間待たされることで不公平が生じる懸念があったのではないかという。
この試合に限らず、中継がある場合には映像で確認できるが、飛ぶ直前、ブランケットに身を包み待機している選手の姿がそこに見られる。
とはいえ、決して暖かそうには感じられない。そこで待ち続けることは辛そうにも思われる。

